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風で奏でる音色|文=北阪昌人

音をテーマに、歴史的、運命的な一瞬を切り取る短編小説。第12回では、仕事にマンネリ感を抱いていた旅行会社の添乗員が天草コレジヨ館にある竹パイプオルガンを聴きます。その音色がかつて仕事を選んだ頃の気持ちを呼び起こします。(ひととき2022年9月号「あの日の音」より)

「天草にキリスト教が伝えられたのは、永禄9年、1566年のことです。島の人たちは、新しい宗教を温かく迎え入れ、信者も増えていきました」

 大江天主堂近くの広場で説明する。私は旅行会社の添乗員。ここ天草に来るのは、何度目だろうか……。ツアーに参加してくださったお客様は、思い思いにスマホで写真を撮っている。

 夏の陽射しは勢いをなくし、風に秋の香りが混じっている。毎回、来てくださるお客様が違うのだから、新鮮な気持ちで臨むように、そう部下に教えているのに、最近の私は、仕事にマンネリ感を抱いていた。日々、同じことの繰り返し。旅にはアクシデントがつきもので、それが旅を忘れがたいものにするのだけれど、我々の任務はいかにアクシデントを起こさず、スムーズに日程をこなすかだ。

 次の目的地は、天草コレジヨ館。コレジヨとは、宣教師養成を目的とした神学校のこと。ここには天正遣欧少年使節団が持ち帰ったグーテンベルク印刷機など、珍しい舶来品が展示されている。

 それは、館内での自由時間の時だった。ふと、優しい音色が耳に届いた。何度かコレジヨ館を訪れてはいたが、この音を聴くのは初めてだった。懐かしい音。これは、そう、リコーダーを吹く音に似ている。リコーダー……ひとりの同級生の顔が浮かんだ。小学5年生の時、同じクラスだった平岡太一君。

 彼は病気がちでよく学校を休んだ。学級委員長だった私は、配布されたプリントや給食で出たコッペパンを届けに彼の家に行った。平岡君のお母さんはケーキを出してくれた。彼はいつも、リコーダーを吹いていた。ピューリラ、ピューリラ。優しくて、どこか哀し気な音色。

「ボクね、楽器を演奏するひとになって、全国、いや、世界中を回るのが、夢、なんだ」

 言葉数の少ない平岡君にしては珍しく、ハッキリ言ったのを覚えている。そしてポツリと、こうつぶやいた。

「自由に、世界中を旅できるって、最高なんだろうな」

 音の行方を探ると、それは竹パイプのパイプオルガンだった。コレジヨ館に展示されているのは知っていたが、こんな音色だったのか……。

 16世紀後半に日本人が天草で作った竹パイプオルガン、これはそれを復元したもの。

 弾いているのはランドセルを背負った少年だった。オルガンの後ろで係員がふいごを動かし風を送っている。そう、パイプオルガンは、ピアノのように鍵盤があるが、風で音を奏でる管楽器。リコーダーに似ているのも間違いではない。竹のパイプオルガンの音を聴いていると、傍らを風が通り過ぎていくような気持ちになった。そうだ、私は日本中、世界中を巡りたくてこの仕事を選んだ。

 私は心の中でつぶやく。

「平岡君、元気にしてる? 私は今日も旅の途中。頑張るよ! いつか、どこかで逢おうね」

文・絵=北阪昌人

北阪昌人(きたさか まさと)
1963年、大阪府生まれ。脚本家・作家。「NISSAN あ、安部礼司」(TOKYO FMほか38局ネット)などラジオドラマの脚本多数。著書に『世界にひとつだけの本』(PHP研究所)など。

※この話はフィクションです。次回は2022年11月頃に掲載の予定です

出典:ひととき2022年9月号

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