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軽くて丈夫なTO&FROのトラベルギア(石川県)|[新連載]大人がほしい ジャパンメイド名品帖

日本の高度なものづくり技術によって生まれた、大人が身に着けたい上質な服や小物。服飾史を専門とする朝日 真・文化服装学院専任教授が名品の生まれる現場を訪ね、魅力の秘密を探ります。(ひととき2025年1月号ジャパンメイド名品帖」より)

「この軽さ、これまで体験したことがない。まるで空気のようですね」

 世界最軽量のナイロン織物“HUMMINGハミング BIRDバードAIR−エアー”を使用したショルダーバッグやオーガナイザーを手に、文化服装学院専任教授の朝日あさひ しんさんは目を輝かせる。

小物を収納しやすい「マルチポーチ」(左)と旅の荷造りに最適な「オーガナイザーエアー」(XS〜Lの4サイズ)
朝日 真(あさひ・しん)文化服装学院専任教授、専門は西洋服飾史、ファッション文化論。1988年、早稲田大学文学部卒業後、文化服装学院服飾研究科にて学ぶ。『もっとも影響力を持つ50人のファッションデザイナー』共同監修。NHK『テレビでフランス語』テキスト「あなたの知らないファッション史」連載。「SOEN」(文化出版局)など、ファッション誌へ寄稿多数。

 繊維産業が盛んな石川県の合成繊維織物メーカー、カジレーネが開発したファクトリーブランド「TOトゥー&アンドFROフロー」の製品だ。持ち運びに便利なレインアイテムやトラベルアイテムも定評がある。コンセプト通り「気持ちまで軽くなる軽さ」に加えて、色相環に沿ったきれいな15色展開で、身近にあればハッピーになれる。

「石川・福井・富山の北陸3県で日本の合成繊維の出荷量の9割を占めているのをご存じですか?」と、TO&FROブランドマネージャーの砂山徹也さんが問う。

「古くから養蚕が盛んな地域ですよね」と朝日さん。

「厳冬の北陸では、養蚕は農家の大事な副業でした。絹から人絹じんけん(レーヨン)、ナイロンと変わり輸出量も増えて合成繊維が日本の戦後復興を支えたと聞いています。石川県は降水量が非常に多く、湿度が高いので静電気が発生しにくく、糸が絡みにくいことも繊維業を発展させた理由です。ナイロン生地の出荷量は石川県が全国1位なんです」(砂山さん)

「アルティメットライトショルダーバッグ」は、レギュラーサイズ(黄色)の本体がなんと32グラムでピーマン1個と同等の重さ。ミニは本体が20グラムで、イチゴ1粒分と同じというから驚いてしまう。どちらもクリアからビビッドカラーまでそろう。内ポケット付きで、内ポケットの1つに本体が収納できる

 カジレーネが所属するカジグループは、創業90年の歴史ある繊維メーカーだ。機械を製造したり加工したりする梶製作所、糸加工のカジナイロン、編物を作るカジニットなどでグループを構成している。

「カジグループで製造した生地は、世界的に著名なアウトドア製品の表地やスポーツブランドのアウター、アパレルブランドの機能素材肌着、国内外のハイブランドでも採用されています」(砂山さん)

 一般には知られていないが、世界の名だたるブランドに生地を供給してい
る。

「生地そのものがなめらかで美しい。世界一薄いのに強度も担保されている」と朝日さんが感心すると、砂山さんが製造現場を見せてくれるという。
さっそく、かほく市にある工場へ向かった。

繊維が進化する現場

 最初のプロセスは、経糸たていとの準備だ。朝日さんは「目を凝らしても1本を判別できるか微妙。世界最軽量クラスだと、ミクロの世界なんですね」と笑う。

経糸を上下に引っ張る綜絖〈そうこう〉という仕組みに、約1万〜2万本の糸が正しく通っているか目視で確認

 世界最軽量クラスのナイロン糸になると、細さは髪の毛の3分の1。例えば長さ5キロメートルの生地を織るには、5キロメートルの経糸を約2万本用意する必要がある。1度に2万本をそろえるのは不可能なため、2千本を準備してビーム*に巻き付け、あとで10個のビームを合体させ、1万本になった糸を1本ずつ織機しょっきにセットする。そこまでの準備に数週間はかかるのだという。

*織物を織る際、経糸を巻き取るための円筒状の芯

 次の部屋では約250台の織機が一斉に稼働し、目にも止まらぬスピードに驚く。10分の1秒の速度だという。それでも糸が細いため、約50メートルを織り上げるのに1日かかってしまう。

「織物は、経糸の隙間に、に巻き付けたよこ糸を通すのが一般的です。ここでは糸が細すぎるための代わりに水を使い、緯糸を水流で飛ばすウォータージェット織機を使っています。この辺りは地下水が豊富なのでそれが可能なんです」

*シャトル。織物を織る際に、経糸の間に緯糸を通すために使われる舟形の道具

 最先端の機械を動かすのは風土の力という砂山さんの話が興味深い。2階へ移動すると、生地を目で追い、最終検査をする人たちがいた。経糸の準備も織りも機械を使用するが、細かくチェックするのは人間だ。最先端の技術と人の技術で世界最軽量の生地を作り上げている。

1,000〜2,000本の経糸をそろえる工程をじっと見つめ、「かすかに見えるかどうかの細さですね」と話す朝日さん
工場を案内しながら、世界最細クラスの糸から作る超軽量生地について説明するカジレーネTO&FROブランドマネージャーの砂山徹也さん
耐水圧20,000ミリの防水性を持ち、透湿性にも優れた超高性能生地を使ったレインコート。たためば300ミリのペットボトルサイズという便利さ。トラベルスリッパも高機能生地を採用し、軽さと足を包み込む心地良さを実現

 こうしたカジグループの技術力の高さを見学できる「カジファクトリーパーク」が2025年4月、かほく市に完成する。2階の通路から生産過程を見渡せるコーナーでは、織機のごう音や、のりが付着した糸の独特な匂いが体感できる。TO&FROをはじめとするファクトリーブランドや北陸の工芸品を扱うコーナー、レストランと公園もあるという。

カジグループが製造するバリエーション豊富な超軽量生地

「繊維工場とアミューズメントパークを公開する発想に驚かされます」と朝日さん。「合成繊維の生産の中心は、日本から中国や新興国へと移っていきました。それが今、革新的な繊維が開発され、世界が注目している。背後には、日本の合成繊維の価値を上げて、元気に復活させたいという人々がいます。TO&FROは軽やかだけれど、最新の技術と熱い思いがたっぷり込められているんですね」

旅人= 朝日 真
文=金丸裕子
写真=佐々木実佳

[朝日 真さんの取材後記]
持っているのを忘れるほどの軽さ!
日本の繊維産業の底力を見た思いです

日本の繊維産業をもう一度盛り上げていこうというカジグループの“思い”が感じられる取材でした。アパレル産業が、工場機械などハード面で中国に太刀打ちできなくなっている昨今にあって、職人の技術や想い─大事なソフトを持っている会社です。日本は、より小さく、より細くするのが得意なお国柄。カジグループの極細の糸や、それで織った軽い布(カジフ)、空気のように軽いTO&FROの商品は、ほかにありません。世界のトップブランドを支えるメーカーとして、名を馳せていただきたい!

「バックパック エアー」。空気のように軽く、耐久性、撥水性もある優れもの

TO&FRO
カジグループの織りの専門会社「カジレーネ」が展開するファクトリーブランド。「気持ちまで軽くなる軽さ」をコンセプトに、世界最軽量のオーガナイザー、ポーチ、バッグ、アパレルウェアなど、旅や出張が楽しみになるグッズがそろう。カジグループは2024年11月、かほく市に新工場をオープン。新工場に併設される、2025年4月に開業予定の「カジファクトリーパーク」も着々と工事が進んでおり、オープンを心待ちにしたい。
https://toandfro.shop/

出典:「ひととき」2025年1月号

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イラスト=谷山彩子


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