【宇部の野外彫刻】風景となって街の記憶に刻まれてゆくアート(山口県宇部市)
快晴の空の色そのままの青い湖を抱く、広大なときわ公園。その一角、UBEビエンナーレ彫刻の丘に、ひときわ目を引く彫刻「はじまりのはじまり」があった。3メートルを超す巨大な卵の、鈍く光る金属の殻の隙間から植物が顔を覗かせている。「毎日定刻に卵の頭から水が噴き出します。夏には植物が伸びて緑も濃くなり、全く違う印象になりますよ」と宇部市文化振興課の山本結菜さんが説明してくれた。
湖の青を透かして立つアクリルのプレートは、昨年開催された第29回UBEビエンナーレ(現代日本彫刻展)の大賞受賞作「ディスタンス」。「コロナ禍で外界や人との距離を意識せざるをえなくなった時代を象徴するような作品です」(山本さん)
宇部市の野外彫刻展は60年余の長い歴史をもつ。「きっかけは1958年に旧宇部駅前の泉水に設置された『ゆあみする女』(ファルコネ作)のレプリカ像でした。当時、市民からの反響がとても大きかったと聞いています」と山本さん。戦争で荒れた街の復興をめざし、心の豊かさを取り戻そうという市民運動とともに、彫刻による街づくりがスタート。61年には第1回宇部市野外彫刻展が開催された。以来、2年に1度開かれてきた展覧会はUBEビエンナーレと名称を変え、海外にも知られる公募展となっている。「入賞作は彫刻の丘に展示した後、公園内や街中に設置されます。市内には200点以上の彫刻があるんですよ」。
風雨にさらされる野外彫刻はメンテナンスが欠かせない。年に2回、春分の日と秋分の日には、市民による彫刻清掃が実施されているという。清掃活動を呼びかける「うべ彫刻ファン倶楽部」会長の作村良一さんは「自分がきれいにした彫刻には愛着が湧き、その後も気にかけるようになります。子供も大人も、楽しみながら清掃に参加することで、彫刻がより身近な存在になっていると思います」と語る。
実際に街を歩いてみた。中心部を走るシンボルロード、公園、川沿いの遊歩道、学校……具象的な彫刻からオブジェのような現代彫刻まで、人々が出会い集う場所に、ふと足を止めたくなる彫刻がある。それぞれが大切に手入れされ、街になじみ、風景の一部となって。これからも、たくさんの彫刻とともに、この街の未来図が描かれてゆくのだろう。
文=宮下由美 写真=阿部吉泰
出典:ひととき2023年5月号
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