【沼津垣】広重も描いた美しい文様 屋敷を守る伝統の技(静岡県沼津市)
日本全国の“地域の宝”を発掘する連載コーナー「地元にエール これ、いいね!」。地元の人々に長年愛されている食や、伝統的な技術を駆使して作られる美しい工芸品、現地に行かないと体験できないお祭など、心から「これ、いいね!」と思える魅力的なモノやコトを、それぞれの物語と共にご紹介します。(ひととき2019年4月号より)
「白砂青松100選」にも選ばれた沼津市の千本松原。明治時代、松原越しに富士山を望むこの風光明媚な地に、政財界の大物たちは競って豪奢な別荘をかまえた。それらの屋敷には美しい文様の竹垣がめぐらされることがあった。それが沼津垣だ。
独特の文様が美しい沼津垣。沼津市「ぬまづの宝100選」に選ばれている
駿河湾から吹き付ける潮風を防ぐために、篠竹(しのだけ)を網代(あじろ)編み(竹や薄い板を互い違いにくぐらせて編む)にした沼津垣は、歌川広重の「東海道五十三次」にも描かれている。だが、沼津の気候と風土が生み出したこの伝統の技も、ブロック塀やフェンスの普及とともに、現在ではほとんど目にすることがなくなった。
「東海道五十三次之内 沼津 名物鰹節を製す」に描かれた沼津垣 静岡市東海道広重美術館=画像提供
400年もの歴史をもつという沼津垣の繊細かつ上品な佇まいは、沼津御用邸記念公園で見ることができる。明治26年(1893)、大正天皇(当時は皇太子)の静養のために造営された沼津御用邸は、明治、大正、昭和の3代にわたって皇族方に利用されてきたが、昭和44年(1969)に廃止。翌年から沼津市が記念公園として一般に公開している。その敷地には延べ40メートルもの沼津垣があるのだ。
沼津市若山牧水記念館の沼津垣。若山牧水も「ぬまづの宝100選」に選ばれている
その維持、補修にあたっているのは公園施設管理担当の津田正克さん。「沼津垣には箱根山でとれる直径1センチくらいの篠竹を使います。それを洗って一間(180センチ)分の長さに切り揃えて、節の薄皮を剝ぎ、熱を加えて一本一本曲がりを矯正していきます」。
どの部分にも偏りが出ないように手際よく締めていく津田さん。事前に予約すれば見学も可能
下準備が終ると16本を「一手」として、作業台の上で一手ずつ斜めに組んでいく。「垣根の高さは160センチ。その幅に一間分の竹が収まるようにすると、独特の文様の角度になるんです」。 ときどき全体のバランスを見ながら、隙間を締めていく。根気のいる仕事だ。73歳の津田さん、施設管理の仕事のかたわら、一年を通じて、数名の職員と作業場で沼津垣づくりに取り組んでいる。
「20年も経つとそれなりに傷んできます。それを少しずつ新しいものに交換しているところです。あと何年かかることやら」と笑う。その笑顔には、先人たちの智恵の結晶を後世に残そうとする職人の矜持が見えた。
秋月 康=文 荒井孝治=写真
ご当地◉INFORMATION
●沼津市のプロフィール
静岡県東部の中心に位置し、古くから東海道の交通拠点として知られる。温暖な気候が育む農作物や駿河湾で獲れる新鮮な海産物を求めて、多くの観光客が訪れる。市では「ぬまづの宝100選」を選定して地域の魅力を発信している。
●沼津市へのアクセス
三島駅から東海道本線で約5分、沼津駅下車
●問い合わせ先
沼津御用邸記念公園
☎055-931-0005
http://www.numazu-goyotei.com/
沼津市若山牧水記念館
☎055-962-0424
http://web.thn.jp/bokusui/
出典:ひととき2019年4月号
※この記事の内容は雑誌発売時のもので、現在とは異なる場合があります。詳細はお出かけの際、現地にお確かめください。