日本の空は世界のどこよりも面白い! ―“空の探検家”武田康男さん
気象予報士の資格を持ち、40年以上にわたって大気現象を撮影し続けてきた武田さんに、幼い頃からずっと空に惹かれ続けてきた理由や瀬戸内の旅をより楽しむためのヒントを教えてもらいます。(ひととき2020年12月号特集「瀬戸内Dramatic――海、空、島、船…」より)
武田康男(たけだ やすお)
1960年、東京都生まれ。東北大学理学部卒業後、高校教師を経て、第50次南極地域観測越冬隊員として南極観測業務に従事。現在、大学の非常勤講師を務めるかたわら、出版、講演やメディアへの映像提供などを通じて空の魅力を伝えている。『雲の名前、空のふしぎ』(PHP研究所)、『四季の空 撮り方レシピブック』(玄光社)、『雲と出会える図鑑』(ベレ出版)など著書多数。気象予報士。日本気象学会会員。日本自然科学写真協会理事。
子ども時代に決めた「空の図鑑をつくる!」
空や気象にまつわる活動を幅広く展開中の武田康男さん。講演、書籍の執筆、撮影、テレビ番組の監修などその内容は多岐にわたる。肩書きを1つ選ぶなら、やはりご本人が名乗る「空の探検家Ⓡ」が最適だろう。
武田さんが空に興味を持ち始めたのは、小学校に上がる以前のこと。母親との買い物の帰り、見上げた空に星が流れるのを見て仰天した。
「光るものがわーっと落ちてきて、びっくり。こんなことがあるのかと、怖いくらいでした」
武田少年は、星だけでなく空全般に興味を抱いた。そして、空の現象を写真に記録していきたいと思ったという。
「あれこれ興味をもって調べてみてもよくわからないんです。当時はインターネットなどないから、調べるのは百科事典。でも、その解説と自分の見た現象とにズレがある。『月虹(げっこう)』*の項目には『肉眼では色が見えない』と書いてあるけど、実際は少し見えるんですよ。そもそも写真も少ないし、載っていてもモノクロ。それなら自分で写真を撮って図鑑をつくるしかないなと思ったんですね。歴史は、過去に戻って見てくるわけにいきませんが、自然現象は自分で確かめられるでしょ?」
*月の光により生じる虹。満月の夜などに現れる
なんという行動力。10代で「空」をライフワークにしようと決めた武田さんは、大学卒業後、まず高校の地学の教師になった。それは、気象、鉱物、火山、宇宙など、興味のあることすべてを探究できるのは地学の教師だと考えたからだ。教室を飛び出し、生徒を屋上や山や海に連れてゆき実地で教えた。さぞや面白い授業だったことだろう。その後、南極観測の経験などを経て、空の図鑑もつくり、「空の探検家」として活動する今がある。
空は毎日違うから飽きることがない
これほど武田さんを虜にした空の魅力とは何か。その答えは「毎日違うから」だ。
「二つとして同じ空、同じ風景はありません。だから飽きないんですね。なかでも日本の空は特に表情豊か。日本は南北に長く、山も海もあって地形がバラエティに富んでいます。そして四季があり、北から南からいろいろな風が吹く。こうしたさまざまな要素が重なって、世界でも稀に見る豊かな空が見られるのです。これほど面白い空をもつ場所はほかにないと思いますよ」
現在の仕事のベースになっているものの一つに大学時代の旅がある。北海道の知床(しれとこ)から沖縄の西表島(いりおもてじま)まで、日本各地を野宿もしながら旅を続け、写真も撮り溜めた。本当は外国に行きたかったそうだが、まだドルが高かった時代に大学生が旅費を工面するのは不可能だった。
「今となっては、外国に行かず日本全国を旅したことは本当によかったと思います。それは日本の自然や風土が空に反映されていることを感じられたから。最初に海外に行っていたら、日本を見ていなかったかもしれません。こんなに面白い空があるのに」
太陽も月も金星も映す穏やかな瀬戸内海
今も日本全国津々浦々を旅し、写真や動画を撮り続けている武田さんが、今回の特集の目的地、瀬戸内の楽しみ方について教えてくれた。
「瀬戸内海は、もともと陸だったところに海が入り込んできた場所。今、島としてボコボコと海面に頭を出しているのは、かつての山です。こんなに東西に長い内海は、日本でもほかにありません。海が穏やかで波が少ないので、太陽も月も金星もきれいに海に映ります。月の出る夜なら、波の少ない海面に月の道ができて見事でしょう」
もちろん空も魅力的だ。
「森や水は空気をクリアにするので、山も海もある瀬戸内海の空はそもそも美しいのですが、秋以降は、乾燥して空気中の水滴が減るので、空がよりきれいに見えます。海の色の多くは空の色。真上から見る以外は、空が反射した色を私たちは海の色として見ているのです。だから空がきれいだと海もきれいだし、色もさまざまに変化する。入道雲ばかりだった夏から一転してうろこ雲やさば雲など毎日違う雲が出るので、雲も楽しめます」
愛媛県今治(いまばり)市の亀老山(きろうさん)展望台からしまなみ海道を望む
これからの季節だからこそ見られる景観もある。
「瀬戸内海は春の濃霧で有名ですが、冬のけあらしも幻想的ですよ。海水温の変化は気温から1カ月くらい遅れるので、冷たい空気が海面に流れ込むと、温度差で海から湯気のように水蒸気が発生して霧状に広がります。太陽が昇って気温が上がれば1時間もしないうちに消えてしまうため、写真愛好家は、朝日を浴びて輝くその短い時間を狙って撮影に訪れます」
気象予報士の資格ももつ武田さん。「気象現象は、理屈がわかるとより面白く見られる」の言葉に説得力がある。
文=佐藤淳子
佐藤淳子(さとう じゅんこ)
旅行業界誌副編集長を経てフリーランスに。国内外の紀行文のほか著名人のインタビューも手がける。
本誌では、空を撮影するときのコツや、瀬戸内で出会える神秘的な空模様についても詳しく解説されています。美しいグラビアと一緒にお楽しみください。また、特集の後半では、NHK広島放送局のお天気キャスター・勝丸恭子さんがクルーズ船の上から瀬戸内の空の楽しみ方をお届けします。
特集「瀬戸内Dramatic――海、空、島、船…」
◉“空の探検家"武田康男さんに聞く! 日本の空は世界のどこよりも面白い!
◉グラビア 瀬戸内で出会う神秘的な空模様
◉紀行 島めぐり、空めぐり 旅人=勝丸恭子
◉To Do List in 瀬戸内
◉瀬戸内―海、空、島、船…〔案内図〕
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