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『機龍警察 白骨街道』(月村了衛)が面白すぎる

『機龍警察 白骨街道』(月村了衛)がついに8/18に発売されます。楽しみすぎて具合が悪くなりそうなので、興奮そのままに『白骨街道』ってこんなに凄いんだぞ!とプレゼンをします。夏の感想文です。
私はミステリマガジン連載を読んでいます。内容の重大なネタバレはしませんが、多少ストーリーに触れることもありますので、気にする方は『白骨街道』を読んでからまた来てください。
狂信者が血走った目で書いています。機龍警察本当に面白いから!

ストーリーの解説などは版元さんがnoteを書いているのでこちらを見てください。ストーリーやキャラクターの説明はここではしません。



はじめに

https://twitter.com/kozukata/status/1416032423129665539?s=21
「2021年、日本は終わるのか。」『機龍警察 白骨街道』のプルーフに載せられた惹句です。(リンク先Twitter)(私は出版関係者ではないのでプルーフ実物は手にしていません)

『白骨街道』は現実世界の2021年を描いた物語ではありません。しかしそう言いたくなるほど、現在の情勢へ肉薄する作中世界には真実味があり、説得力が優れています。

出版社も本を売らねばならないので刺激的な言葉を使うこともあるでしょう。でもこれだけは言いたいのですが、「機龍警察」シリーズは社会の問題を誇張して、無闇に不安を煽るような作品では決してないということです。ますます悪化するように思える世界でどのように「潔くカッコ良く生きて行」くのかを、もがきながら書いているシリーズだと思います。勇気をもらえる素晴らしい作品です。

このnoteの要旨はこれです。読んでいない人は『機龍警察』を今すぐに読みましょう。このnoteは最後まで読まなくてもいいから。分かりましたね。

(閑話休題)
『白骨街道』は「機龍警察」シリーズにおける転機だと思います。そしてシリーズ全体の面白さの最先端を行きます。
①2021年ではない「今」の世界を描く(近作で磨かれてきた手法が機龍警察にも導入された)
②月村了衛が書く「冒険」の定義拡大(こんな世界でもまっすぐに生きろ)
③ゆきてかえりしなの物語(これからどうなるんだろう……)
3本立てで説明します。

①2021年ではない「今」の世界を描く

機龍警察で書かれる世界は、私たちの存在する現実世界とは異なります。

「IRF」と呼ばれる組織はありませんし、「アゲン」も起きていません。世界中の犯罪者や武器商人たちが日本の住宅地でテロを起こしたり銃撃戦を繰り広げていません。機甲兵装に類するほどの兵器は今のところ実用化された様子はありません。

それでも『白骨街道』は今の、この世界の話であると錯覚できるのです。読めば分かるので読んでください。というのも無責任なのでどういうことなのか書きます。

まずは作者である月村了衛が、現実とフィクションをどのように拮抗させてきたかを説明しなければなりません。

フィクション「機龍警察」のつく大きな嘘は、一つは警視庁が元テロリストや元モスクワ民警官や傭兵を雇うということ。もう一つは機甲兵装という武器が普及していることです。機甲兵装は一般的に3メートル超の有人二足歩行ロボット、もしくはパワードスーツ(龍機兵はより小型)であり、いかにもSFガジェットです。シリーズ初期は「至近未来」という、現代日本から少し未来を舞台にした作品と銘打っていました。ですが、2017年に作中舞台は「現代」であると作者から宣言されています。「『機龍警察』はまぎれもなく現在の物語である。」(『狼眼殺手』連載中のことです)

素性怪しい人物を警察官とし、機甲兵装を暴れさせ、お話をダイナミックに動かすために、当初は作中国内外の政治情勢を現実より悲惨に設定したのだと思われます。しかし、現実はもっと早い速度で悪くなっていき、テクノロジーは発展していき、巻を重ねるほどに作中の過酷な世界と追いつき追い越せの競争となったのです。これが「現在」宣言の背景です。新刊が発表されるタイミングで、関連する事件が起きたり技術が発表されたりすることを「現実が背中を叩きに来た」と作者が表現しています。

『白骨街道』はまさに今現実の話となっているのが、シリーズ転換点の所以です。悲惨な出来事や設定を作らずとも、現実の世界を描写するだけで、警視庁特捜部が駆り出されるような世界に私たちは生きていることをまざまざと思い知らせるような、エポックメイキングな作品になっています。これにて、読者は(作者も?)現在と未来と過去との緊迫した戦いに放り込まれることになるでしょう。

作中のある出来事は、2021年夏を生きている私たちであれば、現実世界との共通点を見つけられるでしょう。しかしあと5年後、10年後に読んだ時、瞬時に現実と作中の出来事を結びつけられているでしょうか。悲惨な出来事を知った時には怒りや悲しみを覚えたのに、忘れ去っているかもしれません。事実、そのことはすでに現実では過去の話になりつつあると感じています。(全くそうではないのに)

今現在生きている読者だからこそ、フィクションと現実の糸を感知できる感動は月村了衛作家人生「第二期」において磨かれた手法によるものです。『東京輪舞』ではまだ希薄ですが、『欺す衆生』から表れるようになったと思います。欺す衆生のネタバレになるので言いませんが、読んでひっくり返って欲しいです。 

『白骨街道』は2020年1月から2021年5月に刊行されたハヤカワミステリマガジンで連載されました。読み終えてから、この期間に何が起きたか思い出してください。嘘だろ!と叫ぶこと必至です。

ただし「機龍警察」世界は現実とは違うので、『白骨街道』は例えば作中2025年の出来事かもしれません。それでも今の、2021年の話だと思わせるのは、フィクションの魔法であり、紙面と読者の脳みその間に生じる景色を作者が信頼しているからでしょう。本は逃げませんが、物語の魔法にかかりたい方は、発売したらすぐに読むのをオススメします。

② 月村了衛が書く「冒険」の定義拡大

『機龍警察』は冒険小説と警察小説に軸を置いたエンターテイメントであることは、作者が書いている通りです。(『機龍警察 完全版』自作解題、インタビューなどより)

冒険小説の定義はいろいろあるようですが、以下、霜月蒼さんの書いた『自爆条項』解説を引用します。

「ここでいう「冒険小説」とは、単なる「冒険の物語」ではなく、80年代に日本の読書界を熱狂させた一連のエンタテインメント小説を指す。日本のエンタメ界を担う作家たち、大沢在昌、北方謙三、佐々木譲、志水辰夫、船戸与一らも、この熱狂の中から巣立っていった。そんな「冒険小説」を定義づけるのはなかなかむずかしいが(詳しくは月村了衛も寄稿しているハヤカワ文庫の『新・冒険スパイ小説ハンドブック』をお読みください)、「死をもたらしかねない強大な敵に向かい、生還しようとする克己の物語」とでも言えばいいだろうか。
 だが、「死への接近」は人間の本能に逆らうものだ。だから「死への接近」をやむなくさせる主人公の内的ドラマが、冒険小説を支える重要な骨格になってくる。そこをどう描くか。言い換えれば、主人公をいかにして戦わせるか。そこがポイントになるのだ。『自爆条項』という作品の美点は、つまるところそこにある。」

霜月蒼さんが書いた『自爆条項』解説

「死をもたらしかねない強大な敵」は、「機龍警察」では因縁のある傭兵であったり、テロリストやロシアンマフィアであったりします。ですが、シリーズを追うごとに「強大な敵」は武力を持った犯罪者だけではなくなっていきます。沖津の指す〈敵〉の巨大さが明らかにされるにつれ、直接の戦闘以外でも警視庁特捜部の面々は己を見つめ直す戦いを強いられていきます。

ところで、昨今の月村了衛は、作家としての第二期に入っていると言っています(①で書きました)。第一期では特定の人物や組織と戦うヒーローを主人公とする作品が多かったのですが、第二期では現代社会そのものの悪を描こうとしているようです。主人公は腐敗した時代に飲み込まれまいともがいたり、反対に時代と同一化していったりします。第二期において、月村了衛は現代の様相を表現する困難に挑戦しています。

これは「機龍警察」を書ききるのに絶対に必要な試みであると私は思っています。当初から社会又は時代そのものと戦うことを予定していたようではありますが、それを書くには助走が足りなかったのではないかと思われます。『白骨街道』に来て、ようやく時代そのものと戦う準備が揃ったようです。ある人物の言葉に、その決意がうかがえます。

『機龍警察』で沖津が「(前略)このビジネススキームが存在し得る時代。それこそが狂気だ。」(第二章の捜査会議シーン)と言います。〈敵〉とは「狂気」の時代に飲み込まれた人であり、反抗しなかった人であると私は思います。時代の化身ともいえる人物たちが『白骨街道』で複数出てきます。彼らを憐れむか憎むか、対峙する登場人物たちの心のドラマが見所です。「ビジネス」「時代」という単語も注意して読んでみてください。第一作から同じ問題意識のもとシリーズが書かれていたことに気づくはずです。

月村了衛は「冒険」を書く意志を持つ作家です。『機龍警察』以外の作品でも主人公は戦います。それが戦闘のない現代日本を舞台にした作品であっても同様です。

これを指して「「冒険」の定義拡大」と言いたいのです。直接「死への接近」につながる行動でないにしろ、自分の立場を危うくしてでも、道理のため、志のため、誰かのために立ち上がる人間は「冒険」していると言えないでしょうか。例え戦場に赴かなくても、「狂気」の時代に「まっすぐに生き」ること自体が冒険であり、物語となるのです。現代に生きる私たちへの、作者からの応援でもあると感じています。

③ゆきてかえりしなの物語

『白骨街道』はまさに行きて帰ろうとする物語です。帰るまでが遠足です。でも、帰る場所が安心できないと判明したらどうしたら良いのでしょうか。セーフハウスが無くなったような状況で、ある人たちの進退が宙ぶらりんのまま話が終わります。ある人は別の場所に行こうとしますし、ある人は拠り所を失って混乱しています。

『白骨街道』では、実のところ、行きて帰りつけていないように思います。これまでのシリーズにはないほど、先行きに暗雲立ち込めています。一読者としては、特捜部の面々が従前通り活躍するお話を望みたいのですが、難しいのかもしれないと恐れています。

一方で、物語の強度としてこれ以上ない展開だと思えます。現代を舞台にするならば、この現実の不確かさと同様の混迷が話に入り込むのは当然です。『白骨街道』では過去の亡霊のような〈敵〉に加えて、現代そのものを象徴する〈敵〉が姿を表します。おそらく、これからはより過酷な現実と戦っていかねばならないと予想できます。

『白骨街道』は月村了衛の第二期が始まってから初めての「機龍警察」長編作品です。シリーズ外作品における意欲的な試みがここに導入されています。「機龍警察」は現在進行形の、今を描くお話です。作中人物たちに共感したり応援したりしながら、ままならない現実を生きる力を与えてくれます。作家として新しいフェイズに入った月村了衛が、このシリーズをどのように描いていくのかが楽しみです。

「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」(ゴーギャンの絵をみてください)

「機龍警察」以外も面白いので是非読んでください。

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月村了衛第二期はこちら!「機龍警察」既刊を全て読んで時間のある方はこちらもいかがでしょうか。左から刊行順になっていますので、その通り読むとより面白く思えると思います。個人的に『奈落で踊れ』『白日』『非弁護人』が好きです。


版元が「機龍警察」情報をまとめているnote magazineです。

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以上です。

(追記2023/5/20)Audible(朗読:緒方恵美さん)とても良いです。改めて気づいたことも多い。本当に面白いなこの話は!

(追記修正2023/12/9)句読点助詞などを少し修正。シェラーはどうするんだろう。民族浄化大反対の姿と、現在民族浄化をやっている国の諜報機関出身のシェラー。あとはロシア出身のユーリもいるし、本当にどうなるんだろう?この現実の荒波を含めることこそ機龍の面白さなんだけど、2年前はまさかこんなことになるとは思わなかったろう。チェチェンと同じ、最悪の状況で固定されていると見越していたのかもしれないが、底が抜けて地獄が煮えたぎっている。

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