【エッセイ風】18億円の蜘蛛の正体と、ミノタウルスの神話
神奈川県のみなさま、とりわけ横浜市のみなさまは憶えているだろうか。10年も前に一世を風靡、いや物議を醸した巨大なクモ(18億円・アイキャッチ)。わたしは今になって、その正体を知り、共有してみたくなって記事を書いている。
~背景~
東京都民の日は10月1日(東京市誕生の日)、埼玉県民の日は11月14日(廃藩置県により、埼玉県誕生)、千葉県民の日は6月15日(木更津県と印旛県の統合)。関東各県が「都県民の日」を祝うなか、わたしの地元・神奈川県は統一的な記念日をさだめていない。そのかわり、市ごと区ごとの祝日がある。横浜市は「開港記念日(6日2日)」。ペリー来航の余波を受けて当時の神奈川港、いまの横浜港が開港した日を誇らしく市民は祝う。
近代の貿易港が開かれたおかげで、横浜は舶来もの全般の「発祥の地」を名乗る権利を得た。テニス、アイスクリーム、牛鍋。横浜がすごいわけじゃないんだが、ありとあらゆる石碑が日本大通りらへんには建っている。
そんな恩恵を多大にもたらした「開港」から150年目を記念する大々的な式典「Y150」が開かれたのは2009年。ベイエリアを広く使って、万博さながらにイベントごとが催されること5か月。その間、わたしたち横浜の中学生(当時)は課外学習の一環として必ず一回は訪れた。
前評判と規模とはうらはらに、不発に終ったという評価が一般的だ。なかでも不評を買ったのが「18億円の蜘蛛」だった。フランスのパフォーマンス団体「ラ・マシン」から派遣された巨大なクモのロボット2匹(12m、37t トップ画像はWikipediaから引用)。日本初上陸の目玉企画として、おおいに喧伝された。人が乗って操縦でき、機械とは思えない精巧な動きと豊かな表情が売りだったのだが、運送も含めかかったと言われる費用「18億円」ばかりが独り歩きし、批判の的となった。蜘蛛ではなく、パンダとかウサギの巨大ロボットだったら、結果は違ったのかもしれないと思う。
その、クモ。今年になって、バラエティ番組を何気なく見ていると「ラ・マシン」の機械たちによる街を挙げた壮大なパフォーマンスの様子が紹介されていた。そこで初めて、クモの正体を知ることになる。
あなたは、アリアドネだったのか。
番組では、フランスの都市トゥールーズの街中で、半牛半人の怪物ミノタウルスと、巨大クモのアリアドネが戦いを繰り広げる壮大スペクタクルが行われた様子が紹介されていた。2018年の催しらしく、伝統的な建築物が並んだ市街の橋や道路の通行が規制され、傍から多くの観客が見守る中、二体の怪物が場所を大きく使って3日間に渡る立ち回りのストーリーを演じた。
怪物ミノタウルスとミノタ王の娘アリアドネとの伝説はギリシャ神話にある。半獣のミノタウルスは、一度立ち入れば出てくることの出来ない巨大迷宮ラビリンチュアに住まい、若い娘を誘拐しては喰べていた。ミノタウルスを退治しようと勇者テセウスに、アリアドネ姫は糸巻きを与え、迷宮の中で道を見失わないよう手を貸した、というお話。蜘蛛が糸を出すことから、アリアドネがクモの姿で機械化されたというのはうなずける。
ちなみに、アリアドネは勇者テセウスに甲斐甲斐しく手を貸したにもかかわらず、怪物の退治に成功した後、ミノタウルスの島に置き去りにされてしまう(テセウスはなんてひどい奴なんだ…)。そこへ、バッカスの一行が酒乱騒ぎを起こしながら現れ…、結局アリアドネはバッカスと結ばれる。下の絵は「バッカスとアリアドネ(ティツィアーノ)」。ベネチア派の絵画で、青色をはじめとした色彩が瑞々しく朗らか。
横浜の、18億円の蜘蛛に立ち返る。トゥールーズのイベントよりさらに以前だから、横浜に運び込まれた2体が果たして神話を下敷きにして造られたのかはわからないが、あのクモたちと神話にまつわるルーツを知っていれば違った見方ができたかもしれないのに。費用やスペクタクルばかりに気を取られ、クモのルーツから引き離した単体での招聘をした者だから、物語の意図が途切れ、伝わる者も伝わらない残念な結果になったのだと思う。
物語、ルーツ、ストーリー性は物事にさらなる価値を与えると思う。ものに息吹を与える、血の通った物語を、現代は忘れがちなのかもね。
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