【超短編】倫敦(ロンドン)
チェック柄のマフラーを巻き、石畳は雨に濡れてほとんど倫敦なのに、霧のない明るい夜だから御堂筋だった。ネオンがけたたましく照らし煙草殻のすすけた黒さがそこらに染みつき、それもどぶ雨にさらされて側溝をめづまりさせていた。
これじゃあ目も当てられないね。がらくたの宝石をつかみ取りして煌めきを貪ったら、掌をあぶらに汚して角煮まんを食べよう。安物のヒールがアスファルトの隙間に引っ掛かって折れてしまった。夜じゅう開いているかぶれた喫茶店の、やたら低いソファー。両足をかかえるか、横に伸ばすかいつも迷う代物に、今日もお尻半分だけ預けて、前かがみにブラックコーヒーを啜る。
「こういうとこのティーカップ、あんがい風情ある」
たしかに空色と、蔦色の絡み合いが美術的だね。お洒落なふりをして、虚勢を張っていると人生はあっけない。わたしとあなた、碁盤みたいなローテーブルに膝を突き合わせて、悪だくみだか何だか。
黒い蝙蝠傘を差した、名探偵が、脇道をすり抜けてゆくよ。
赤い二階建てバスもヘッドライトを照射して。
分厚い窓ガラス、金文字で銘打たれた店名の、綴りがまちがっている。
さて夜は長いのだから、雨に濡れた路面は人を不思議に誘い出すのだから。中くらいの傘の下に並んで、腕を組み、わたしとあなた。出会いもしないし、別れもしない。ただ黒曜石の街波に、隣り合わせて、歩いてゆくだけ。