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角田光代さんの「八日目の蝉」を読みました


ー 犯罪はすべてを、破壊する。

世間を震撼させた「あの事件」の被害者である私には、「普通」という日常が存在しない。
あの事件を起こした「あの人」は、今もどこかで生きている。


- 「普通の蝉」は七日で死んでしまうのに、私だけが八日目を生きている。

それは他の蝉が見ることのない、特別な世界。
そんな世界など、私は欲しく無かった。



「八日目の蝉」を読みました。

0章

わずか4ページの0章で、ある女が犯した犯罪(現住建造物等放火、幼児誘拐)が詳細に描かれています。

犯人は野々宮希和子ののみや きわこ
不倫相手の家に侵入し、生後半年の赤ん坊(女児)を誘拐します。


1章

希和子は「かおる」と名前を付けたその女児を連れて、東京ー千葉-名古屋ー大阪-岡山-小豆島 の順に居場所を変えながら逃亡生活を送ります。
薫の4回目の誕生日から1ヶ月半ほど経ったある日、希和子は小豆島の港で逮捕され、薫が警察に保護されました。
上の動画はこの場面のものです。


2章

大学生になった薫の、本名「秋山恵里菜」としての人生が描かれます。

小豆島の港で保護された後、恵里菜は本当の両親の元に戻されましたが、そこは恵里菜が思い描く「普通の家族」ではありませんでした。

ー どうしてママは私にそんな態度を取るの?
ー どうしてパパは私に興味が無いの?

恵里菜が「普通」を求めてもがき苦しむ様子が描かれるたびに、犯罪が被害者に与える真の恐怖を思い知らされます。


総評

1章は「不倫相手の子を誘拐した女の逃亡劇」であり、2章は「誘拐された女児の、その後の人生描写劇」という事になります。

2章の途中からは今回の事件の顛末について、取り調べや裁判の証言などをもとにした解説がなされており、それによって読者は全てを知る事が出来ます。

この小説について事務的な内容説明をするならば、凡そこんな感じかなと思います。

それだけでも、作品としては十分過ぎるほど完成されていますが、私はこの乳児誘拐というメインストーリーは実は主軸ではなく、あくまで物語を脱線させない為のガイドに過ぎないのではないか、という感想を持ちました。

希和子の心情をどう推察したところで、誘拐犯であるという事実は変わりませんし、希和子は正しく罰せられなければいけません。
しかし、(希和子は悪なのだろうか)という疑念を拭い去る事がどうしてもできないのです。

この点において、巻末の解説の中で池澤夏樹さんは次の様に表現されています。

自然の摂理の延長上にあるかのような犯罪

解説より

核心を突いた見事な解説。 これは腑に落ちました。


この作品にはかなり多くの人物が登場します。

・希和子の学生時代の女友達(千葉)
・立ち退き物件に居座る女性(名古屋)
・駆け込み寺の様な女性のみの団体の面々(名古屋)
・素麺屋の女性(小豆島)
・ホテルの寮に住む女性たち(小豆島)
・希和子の不倫相手とその妻
・恵里菜の両親と妹

登場人物が変わるたびに、池澤さんが述べられたような「自然の摂理」を作者は読者に向けてきます。
それがとても鋭くて、強くて、深く胸の奥に刺さります。


登場人物のほとんどを女性が占めている事もあり、一番の摂理は「母性」であろうかと思います。作品中のあらゆる場面で母性が強く書き表されています。

母性に続き、「せい」と「さが」。
さらには、好奇、欲、疑心、信心、欺瞞...…

いくつもの、制御不能な摂理が次から次へと姿を現し、制御不能であるがゆえに非常に心を揺さぶられます。

読者がそのような迷いの森に歩みを進めるのを見透かしているかのように、作者である角田さんは、作中のある場面 ー駆け込み寺の様な女性のみの団体ー において、その点を登場人物に語らせています。
このシーンは物語を構成する一部でありながら、全編の解釈に強く影響を及ぼしています。

ほんころがしイチオシ中のイチオシ作品です。


・おまけ・
とにもかくにも、作者の巧さが際立つ作品でした。
各所各所の表現もさることながら、作品構成が物凄く上手いです。
先に書きました通り、1章と2章とでは主人公が変わるのですが、2章の始まりを1章の終わりに食い込ませています。こういう手法を私は初めて目にしました。
また、2章の恵里菜視点で展開するストーリーの中に、徐々に織り込まれてくる、多くの登場人物がもつ個々の背景描写と事件の真相。かなりの情報量にもかかわらず明快さが光ります。

とどめの一撃はラストシーンです。
思わず小さく、「そこにいたのか……」と声を漏らしました。
最高のエンディングでした。


映画版も見なければと思うのですが、間違いなく号泣してしまいますわ。
主演の誘拐犯が、永作博美さんですってよ。
永作さんって、メロンだかなんだかって名前のアイドルだった人でしょ?
と思って調べてみましたらリボンでした(笑)

全然変わっとらんやんwww と、深い作品を浅~くまとめた所で、「八日目の蝉」の感想を終わりにしたいと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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