「新規事業の成功確率は千三つ」は本当か?
新規事業の成功確率は低いって本当?
ーー「新規事業の成功確率は千三つ」などと言われますが、新規事業開発の成功率は低いものなのでしょうか?
畠山:「新規事業開発の成功」をどう定義するかによります。
たとえば、大企業における新規事業開発。
大企業内で事業として残すためには、当然売上や収益規模が大きくなりますから、成功させるハードルは高いといえます。よって、基本的に大企業における新規事業開発の成功率は低いといえるでしょう。
リクルートの例を見てみましょう。
リクルートでは、新規事業プログラム「Ring」というプロジェクトを1982年から35年やり続けています。
Ringに集まったアイデアのうち、事業化フェーズに進むのは2%。そのうち黒字化に到達するのは15%と言われています。1,000件応募があった場合、事業化フェーズに至るのは20件、黒字化まで至るのは3件ということになりますね。「新規事業の成功確率は千三つ」という言葉通りの成功確率となっています。
ただ、この数字は「応募されたアイデア数」を母数にして「大企業で存続する意義のある黒字化事業」の割合を出したものです。
母数には、応募者が腰を据えて取り組もうとまでは思っていないアイデアが多数混ざっていますし、「黒字化はできるが、リクルートの中で存続させるには規模が小さすぎる」といったものは実行されませんので「黒字化」には入っていません。
つまり、「大企業における、大企業で存続させられる規模の新規事業開発」に限って言えば、「成功確率は低い」と言えるでしょう。
一方、独立起業における新規事業開発の場合。
「起業した事業が5年以上継続できている」という状態を「成功」と定義するならば、こちらの成功確率は「高い」と言えます。
以下のグラフは、起業後の企業生存率を国際比較したものです。
創業5年後でも、8割以上の企業が存続していることが分かります。
しかも、他国と比較しても、日本の企業生存率は突出しています。
あまりイメージが無いかもしれませんが、日本は中小企業に対する保護がとても手厚いので、国際的にも独立しやすい国なのです。
これも、あくまで「事業継続しやすいか」という観点で切り取った場合の「成功率」になります。
「スタートアップとして大きな成長をしやすいか」という観点で比較すれば、また違った結論になるでしょう。
ーーなるほど。「新規事業開発の成功」をどう定義するかによって、全く見解が異なってくるのですね。
畠山:あとは、当然ですが「経営者がどこまで(経営ではなく)起業に対する知見があるか」という要素は、事業が成功するかどうかを大きく左右します。
何のノウハウも無いまま起業した人が5年後に80%の確率で事業継続できているかといえば、それは厳しいでしょう。
ですから、企業内起業であっても、独立起業であっても、成功確率を高めるためには新規事業開発の知見を身に着けておくことがとても大切です。
新規事業開発、まず乗り越えるべき4つのステップ
ーー新規事業開発を成功させるために、知っておくべきことはありますか?
畠山:新規事業開発を成功させるためには、基本に忠実に実行することが大切です。
新規事業開発の基本となるのは、以下の4つです。
①Ideation
②CPF
③PSF
④PMF
ーーまずは、ひとつめの「Ideation」について教えてください。
Ideationとは文字通り、ビジネスの全体的なアイデアを考えるフェーズです。
「マーケットはどのあたりか?」、「顧客やサービスはこんな感じ」など、この時点では顧客やサービスのことをざっくり考えるフェーズになります。
このフェーズでよく使われるのはLean Camvas (リーンキャンバス)です。
リーンキャンバスとは、ビジネスモデルを9つの要素に分けて考えるフレームワーク。新しいビジネスモデルを企画する際に最適な手法です。
新規事業を0から考える際には、この図は非常に便利なのでぜひ使ってみてください。
ーー二つ目の「CPF」とはどういう意味でしょうか?
CPFは、Customer Problem Fit(カスタマープロブラムフィット)の略です。「どういった顧客のどういった課題を対象にビジネスをするか?」という意味ですね。
ビジネスにおいて、顧客の課題は一番重要です。
これまでさまざまな新規事業開発を見てきた経験から感じるのは、新規事業開発は、得てして顧客視点が抜け落ち、自分視点になりがちだということです。
ですから、CPFは入念に行いましょう。
CPFでは、顧客の抱えている課題がどのようなものか、そしてその課題がどれだけ深い課題なのかを検証します。
検証する方法は色々ありますが、一番一般的なのは「デプスインタビュー」という手法です。
デプスインタビューとは、マーケティング調査の手法の1つで、1対1でインタビューを行います。デプス(depth)とは「深さ」を表す言葉ですが、深く掘り下げてインタビューしていくことで、顧客自身も意識していなかったニーズや要望が知れるというメリットがあります。
デプスインタビューの際、絶対に聞いておくべきことが3つあります。
①顧客がその課題に対して強い感情を持っているか?
②その課題を解決するための行動をしているかどうか?
③そしてその課題がまだ解決しきれていないか?
上記の3つは、顧客のニーズを把握する上で重要なヒントになりますので、必ず確認しましょう。
ーーまずは想定している顧客課題を深く理解することが大切なんですね。三つ目のPSFについても教えてください。
畠山:PSFとは、Problem Solution Fit(プロブラムソリューションフィット)の略です。
「課題に対して解決策はふさわしいか?」という、解決策の検証をしていくフェーズになります。
すぐには最適な解決策は出ないので、あらゆる解説策を検証していくのが望ましいです。
ここで一番大切にしたい視点は、「顧客がお金を払ってでも解決したいと思えるほど深い課題を解決できるプロダクト・サービスかどうか?」。
CPFの時点では深い課題だと認識していても、「ソリューションを提供してみたら、意外と顧客にとってそこまで深い課題ではなかった(お金を払ってでも解決したい課題ではなかった)」と判明する場合も少なくありません。
その場合は、一つ前のステップであるCPFに戻るべきです。
次以降のフェーズは本格的にサービスを提供しながら検証していくことになります。ここをないがしろにして次以降のステップに進んでしまうと、問題が大きくなりすぎて対処しきれず、事業開発が頓挫してしまう可能性が極めて高くなります。
ーーまずはCPFとPSFを高い精度で検証できてから、次のステップに進むことが大切なのですね。
畠山:そうです。そして、その次はPMF。Product Market Fit(プロダクトマーケットフィット)の略です。
顧客の課題を解決できるプロダクト・サービスを見つけたら、次はそのプロダクト・サービスが広がっていく適切な市場があるのかどうかを検証していくフェーズです。
一般的には、このPMFまで出来ると「新規事業成功が見えたといっても良い」と言われています。
まずは、このフェーズまでを着実に取り組んでいくことが大切になります。
新規事業開発をする上で、着想力よりも大切なこと
ーー「新規事業開発」と聞くと、「他の人が考えつかないような素晴らしいアイデアを、奇抜な方法でやらないと成功しない」というイメージがあったので「基本に忠実に」というのは少し意外でした。
畠山:そう考える方も多いようですね。ですが、新規事業開発において奇策は必ずしも必要なわけではありません。
それよりも、「徹底的に仮説検証をやり切れるかどうか」のほうが重要です。
たとえば、ダイエットに置き換えて考えてみてください。
今、SNSやWebで検索すれば、「痩せる方法」は無料でいくらでも知ることができますよね。
それなのに、ライザップをはじめとするパーソナルジムが流行っています。
これはなぜかというと、痩せたいと思っているのに痩せられない人は「やり方が分からない」のではなく、「徹底的にやり切れていない」からではないでしょうか。
新規事業開発も同じで、「事業を立ち上げる方法と手順」は書籍などのメディアでたくさん見つけることができます。が、成功するかどうかは冒頭でお伝えした通り。
どんなに素晴らしいアイデアがたくさんあったとしても、徹底的に仮説検証をやり切れなければ、事業開発を成功に導くことはできないのです。
ーー他に、新規事業開発を成功に導く上で大切なポイントはありますか?
畠山:これは企業内起業に限った話ですが、撤退ラインを予め決めておくことも重要です。
新しいことを始めるときに、うまくいかなかった場合のことを想定するのは辛いかもしれませんが、新規事業を開発し続けるためには必要なことなのです。
なぜなら、失敗を恐れていつまでも事業を検討するフェーズから抜け出せずに、なかなか事業が立ち上がらない……ということになりかねないからです。
実際、新規事業開発部が、ずっと事業を検討し続けているだけの「ゾンビ事業部」になってしまっている企業も少なくありません。これは「失敗は許されない」という空気が強い会社に多いです。
サイバーエージェントでは、「2四半期連続で減収・減益になったら撤退、もしくは事業責任者の交代」と、撤退基準が明確にされているそうです。
こういったルールは「チャレンジには失敗がつきもの、失敗したらまたやり直せば良い」という新規事業開発に合った文化が背景にあるように思います。
新規事業開発は、仮説検証から始まるのですから、仮説が外れることもあるのが普通です。新規事業開発がうまくいく企業には、何度でもチャレンジできる文化が根付いているように思います。