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社会常識を疑うことが必要な時代

 人々は、

1.長く続いてきたもの
2.多くの人が支持しているもの
3.価値があるとされているもの

を疑おうとしない。

例としては、

キリスト教
政党政治
学校制度
結婚制度
がん治療(抗がん剤、放射線、手術)
ワクチン
農薬
食品添加物
踏切での一時停止

などである。

1.長く続いていれば正しいのか?

…水銀やヒ素、鉛は病気の治療に長い間使われてきた歴史がある。それらは現在は毒物として知られている。

…踏切での一時停止は、遮断機のない踏切でのルールだったのではないのか?遮断機のある踏切での一時停止は全く必要ない!

2.多くの人が支持していれば正しいのか?

…24億人も信者がいるからキリスト教は正しいのだろうか?

…中世に全員が信じていた「天動説」は間違いだった。

…日本人の8割が打った新型コロナワクチンは、効果はなく極めて有害であることが分かっている。

…最も支持されている政党は自民党だが、自民党政権下で我々の生活は良くなったのか?

3.価値があるとされているものは正しいのか?

…医者の言うことは全部正しいのだろうか?
…大学教授の言うことは全部正しいのだろうか?
…弁護士の言うことは全部正しいのだろうか?
…国会議員の言うことは全部正しいのだろうか?

これらは全て正しくない。

「長く続いていること」「多くの人が支持していること」「価値があるとされているもの」が自動的に正しいわけではない。

真実かどうかは、これらとは別の判断基準で見極めなければいけない。

そのことを多くの日本人は理解していない。

正確に言えば、生活の中で判断しなければいけない事柄が非常に多いので、全てを自分で検証する時間はないので、時間節約のために「長く続いていること」「多くの人が支持していること」「価値があるとされているもの」はとりあえず正しいものとして処理をしているのだ。

ところが実際は、これらを自動的に正しいと判断すると、間違いであることが非常に多くなっているのが現代社会だ。
正解率は6割もあるのだろうか?
下手をすると5割を切っているかもしれない。

つまり「長く続いていること」「多くの人が支持していること」「価値があるとされているもの」を自動的に「正しいくない」と判断した方が正解率が高いかもしれないのだ。

多くの人が「正しい」と判断しているものを自分も「正しい」と判断して間違う分には周りから白い目で見られることはないので気が楽なのだろう。
それが人生に大きな影響を与えないことであればそれでも問題ない。

しかし現代社会は、個々の判断を誤ると命を落とすことになりかねないのだ。コロナワクチンがいい例だ。子宮頸がんワクチンもそれに近い。抗がん剤治療もだ。降圧剤だってかなり危険だ。


今は、社会常識が「正しい」とするものを疑う勇気を持つことが必要な、危険な時代なのだ。

今私は、3年前に会社と家庭から解放され、何にも縛られない身になり、これまで生きてきた社会が正しかったのかを検証するステップにいる。
完全フリーになると見えてくるものがあるのだ。

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