希死念慮を浄化する
えっと、今起きたことを、ほのさんに急かされるままに書くね。
結構センシティブな内容なのでファンタジーだと思って読んでね。
夜中、目が覚めちゃって一度トイレに行きました。
時計を見たら1:07
も一回寝ようと思ったら、ほのさんが出てきて
「あなたは見えない世界について、本気でこころを開いて理解しようとしはじめている。その第一段階を超えたので、次に進む前に、ひとつご褒美(or贈り物というようなニュアンス)をあげたい。」って言って、別の龍を連れてきました。
体は和風のブルーグレー、たてがみは渋〜い燻し銀のめちゃめちゃハンサムな龍さんでした。
ほのさんより大きくて、そして位も上なのか?
孤高でプライドの高さを感じるような品格ある、男性エネルギーの龍でした。
この龍は、浄化や治療を得意としているようで、私に大きな浄化をしてくれるようです。
「お名前は?」と聞いてみたら、ふんっとちょっと小馬鹿にして笑われたような??
なんでお前ごときに名乗らなきゃいかんのか?と言ったところでしょうか。
「真」という感じがまず浮かんだので、「しんさんか?まことさんか?」と思っていると、続いて「縞」という文字も。
「真縞(まじま)さんですかー?(苗字みたいですね)」って聞いてみたけど返事はナシ笑
なので勝手にまじまさんとお呼びすることにしました。
まじまさんに、自分の右手を、左の肩に当てるように言われました。
ごりっごりの肩コリもちの私なので、そこには大きなコリの塊があります。
「お前はそれをなんだと思って生きてきたのだ?」とまじまさん。
「肩コリ・・・ですよね?」
「ふっ、人間てやつはほんとに・・・」とまた小馬鹿エネルギー。
そして、まじまさんはとても鮮明なある記憶のワンシーンを私に見せました。
それは、私が20代半ばに、当時付き合っていた彼氏と遊びに行った川で、流されて死にかけた時の記憶でした。
浮き輪で浮きながら浅瀬でちゃぱちゃぱ遊んでいたのですが、、彼氏がふざけて流れの速いところにぽーんと浮き輪ごと私を押しやったら、流れの速いところにまで行ってしまい、本当に止まらなくなって、どんどん流されていって、足もつかなくなって、二人してどんどん流されて、本当に一度死を覚悟しました。
(自分の死亡記事が載ってる新聞の映像が浮かんだ)
彼氏が死ぬ気で踏ん張ってくれて、なんとか流れの遅い浅瀬に戻れたのですが、その後、身体の震えは止まらず、足は石で切れて流血したまま、川岸でずっと二人で震えていたことを思い出しました。
私の九死に一生スペシャルな思い出です。
「あの瞬間、もう死んでも仕方ないか?と諦めただろう?」
「はい。」
「その時お前に取り憑いた、希死念慮がずっとお前の左肩におるのだ。」
「え!」
「自死まで至らなくとも、時々全てを投げ出したくなったり、人間関係をリセットしたくなるだろう。それはお前が思ってるんじゃなくて、その左肩の”肩こり”がそう思わせているんだ。」
「・・・・・!」
「そして、お前はまだ、その時助けてくださった川の神にお礼も言うておらん。怖かった思い出としか思うとらんようだけど、お前が死ななかったことに、意味があるとは考えもしない。」
「川の神様・・・」
「助けて!というお前の願いに応えたのに、まだお礼を言うとらん。ずっと借りを作ったまま生きておるのだ。全く感謝が足りん。」
そういう間にも、私の右手はどんどん熱くなり、コリが溶けていくような感覚があります。
左肩から、左腕、そして、肘、指先へと、そのコリが溶けて、骨が軋むような鈍い痛みを伴いながら、左手の指先からどんどん抜けていくのが感じられます。
右手だけは燃えるように熱いのに、体温は一気に下がって震え出しそうな寒気を感じます。
左腕だけにずっと流れるような鈍い痛みが移動しています。
お布団かぶって、寒い寒い寒い!そして喉がからっからに乾いてはっと!目が覚めて飛び起きました。
反射的に時計をみると、3:33!!
「終わったのか・・・??」
左腕にはまだ鈍いだるさが残っていますが、長年のコリはすっかり消えておりました。
まじまさんがいる気配が無くなってしまい、あまりの出来事に呆然としていると、今度は、全身がとろろ昆布みたいな薄緑と灰色グラデーションの優しそうなおじさん龍が現れました。とても古い龍です。
「穴があいたところにな、これを埋めとくとええぞぉぉ、穴が空いてるとなぁ、何かで埋めたくなる、それが自然の摂理じゃぁ。また悪いのが戻ってきたらいかんからのぉ、だからこの綺麗なのを持ってきたぞ、気に入ったか?」とそのとろろ昆布龍さんは、茶色の外石でつつまれた中に、エメラルドグリーンが濃淡の縞模様になっている、それはそれは美しい石を、左肩のコリがあったところに埋めてくれました。
「これはとある秘境の洞窟なんじゃよ。」と言われましたが、それはちょっと意味がわからなかったけれど、こんな美しいエメラルドグリーンの洞窟がどこかにあるということかもしれません。
(↓こういう映像を見せてくれた。これよりもっと濃い緑だった。)
「あの、お名前は・・・?」とそのとろろ昆布色の龍さんにも聞いてみたところ、「わしか?わしは”どくたーいえろー”じゃっ、ふぉっふぉっふぉ」と笑っていました。
(頭の中がはてなでいっぱい。)
日本という逃げ場のない島国では、狭い土地の中で、自分が死んだことに気づかないまま、生きた人間に取り憑き、そのまま希死念慮になって、その人を自死に追いやり、共にあの世に行こうとしている未成仏霊だらけだと、どくたーいえろーはおっしゃいます。
太古から続く豪族同士の争いに始まり、未だ源平合戦は続き、戦国時代、水害や旱魃などの自然災害、そして第二次世界大戦での空襲などなど、ろくな弔いもしてもらえず、自分が死んだと気づかぬまま、土地にたまったたっくさんの霊がウヨウヨしており、特に川や海の周りには未成仏霊が集まってきやすく、水難事故で亡くなる人は、だいたい未成仏霊に引っ張られていくと言うシーンをどくたーいえろー龍はみせてくれました。
日本人の自死が多い理由も、ほとんどが未成仏霊で、そして現在生きている人間のほとんど、(よほど意識的に精神的鍛錬を積んでいる人以外は←ここでは道着姿で合気道などをやってるイメージを見せてくれました)大なり小なり、未成仏霊が希死念慮として取り憑いているのだそうです。
「希死念慮を背負っていない大人を見つける方が難しい」そうな。
「私は自死なんて考えたことがないわ」って人でも、何かの拍子に、自分の中の未成仏霊と同調して乗っ取られてしまうと、あっという間に発作的に連れて行かれることもある、というようなことをどくたーいえろーは言ってました。
そういう未成仏霊を一掃するために、時々大きな自然災害が起きるのだそうです。
昨今の世の中に「世紀末感」が漂っている理由として、この「未成仏霊」の行き場であった幽界というものが閉じてしまい、ますます行き場を失った未成仏霊たちが足掻き、大慌てで人間に取り憑き狂わせたり、精神病のような病状に陥らせたり、今、みんなとっても同調しやすくなっている、とのことでした。
(多分そんな感じのことを言っていたと感じます。)
「川の神さまにお礼を言いに行けよ。」とまじまさんのエネルギーが戻ってきて言いました。
「それと、なぜ自分が生き残ったのか、その理由をちゃんと考えておけ。」
「その理由は、霊主体従の世界を、皆に説明するためですか?」と答えると、一瞬、間があって「その通りだ!」とまじまさんが答えました。
「これからは見えない世界が主となり、体(=物質世界)はそれに従うことになる。今のお前の体験を世に広めるためだ。広めろ!役目を果たせ!」と言うと、まじまさんはまた去っていきました。
そしてほのさんには「広めましょう♡果たしましょう♡」と急かされて、3:33から起きてこれを書いております。
(途中、家族の朝ごはんとお弁当を作りました。)
私は本当に幼い頃から見えない世界を探求し続けてきました。
見えない世界を見ることのできる能力を狂おしいほどに求めてきました。
それが生きるモチベーションだったと言っても過言ではないほどに。
だから川の神様に生かされたのかもしれません。
確かに。
助けていただいたのに、私はお礼をまだ言っておりませんでした。
思い出したくない思い出として、片隅に追いやっておりました。
川の神様にお礼に行こうと思います。
※ちなみに、すべての人の左肩にコリがあるからと言って、そこに溜まっているというわけでもなさそうで、内臓や頭の中など、どこにでも、取り憑いたものはその人の身体の弱いところに溜まるみたいです。