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車内販売――ブラン・リリー急行、2
車窓を舞っていた細雪はいつしか疎らになり、夕刻には西の空に見知った絵画のような日暮れを映し出していた。地平線近くはとろけるように赤く、仰ぎ見るほどに蒼を帯びていく。省みれば向かいの窓から覗く東の空は既に夜だった。
ブラン・リリー急行にあてもなく乗り込んで、わたしはしきりに掌中の路線図を回転させていた。随分と長いこと氷漬けになっていたので、どこにでも行けるのだとわかると途端ちぐはぐに目的地を見失ってしまうのだ。しばらくの間クラフト紙とじっと睨みあっていたけれど、やがて諦めて元の通りに折り畳む。旅は気儘なほうがいい。ふうとちいさく息を吐いて綿の入ったシートに身を埋めた。季節に併せて座席のやわらかさも移ろいゆく、それがブラン・リリー急行のいとしい心配りだ。
読みさしの文庫本をひらいていると車内販売が来た。陶器のポットを片手に携えたエプロン姿の女性である。もったりカフェオレはいかがですか、とミルクのような笑みでお茶やらお茶菓子やらを勧めてくれる。母はすっきりコーヒーを好んだが父はもったりカフェオレばかり飲んでいたことを思い出した。わたしはすっきりももったりも好きだったのだけれど不自然に冷めてきりきりきなったコーヒーだけはミルクやお砂糖の有無にかかわらず淋しくてすこしだけ苦手だった。もったりカフェオレと、ピスタチオと、干しあんずと、ベルベット・チョコレートを戴く。戴きすぎだろうかと思ったけれど「もったりカフェオレはお代わりもありますよ」と言うのでお茶菓子がなくなってわたしのまるいお腹ももったりになるまでは揺られていようと思った。ブックマーカーをよけて続きの章に目を通す。西の空もいつしか色をなくして、ブラン・リリー急行は夜の底へと線路を伸ばしていた。
2018/1/15