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学校における「あだ名問題」の根本がおかしい件
日本の学校では「人をあだ名で呼ぶことを禁止する」という習わし(?)がありまして。それも、別に今に始まった話ではなく、結構前からそんな感じです。
更にここへきて「LGBTの方への配慮もしなければ!」となり、「〇〇ちゃん」「○○君」呼びはダメ、「〇〇さん」と一律に呼ぼう! というか、「〇〇さん、と呼ばなきゃダメ!」となったようで、メディアが騒いている、らしい。
おそらくこんなことが騒がれるのって日本だけでしょうね。
テレビでは有名人が「あだ名が悪いんじゃなくて、本人が嫌がるあだ名がダメなだけ、そこを勘違いしちゃダメなんだ」「さん付けの方がむしろ距離感がはかりづらい」などと発言しずいぶん支持されているそうです。
で、結局その視点もずいぶんズレてると感じます。
■この問題のズレの正体は「呼ばれる側の意見が無視されている」こと
日本にありがちな話題なのですが、この問題のズレの根本は「呼ばれる側の意見」が全く反映されていないということ。
たとえば私はあだ名で呼ばれた方がいい。なんか親近感がわくと思います。
しかし我が子はあだ名呼びされるのをめっちゃ嫌います。クラスメイトからは「苗字+さん付け」で呼んでほしい人。でもそんな我が子も、仲のいい友達からは「名前を呼び捨て」されるのが好きなんだそう。
つまり呼ばれる側によって意見が完璧に分かれる問題なのです。なのに、周囲が「こう呼ぶべき!」と勝手に気を回して先走りして「ああでもない、こうでもない」と考える。
これってあまりにも無意味な議論だと思うわけです。
■唯一無二の解決策はコレ!
海外のドラマなんか見てると、自己紹介の時にさらりと言ってるんですよ。例えば、
「私の名前はメアリ。メルって呼んでね!」
みたいに。
つまり。「どう呼んでほしいかは自分が決める」ということ。
この視点が日本にはまったくないものだから、
「他人が勝手に名前を付けない」「あだ名はダメ」「いやいやあだ名だって嬉しい時がある」「親近感がわかない」などという論議が沸き起こるんですよねえ。
「自分で呼んでほしい名前を自己紹介で言う」
こうすればいいだけの問題を、学校が一律「〇〇さん」で呼ばなきゃダメ!」とかないんですよね。
はぁぁ、なんというか、日本、頑張ろうぜ!
■好きな名前で呼んでもらえると嬉しいしテンション上がる
で、そこまで考えて思ったのは。
私は由緒正しきヲタクなんだけど、創作活動するときに自分のペンネーム(いまではハンドルネームとか言いますけど)をつけるわけじゃないですか。
これってつまり「私のことはこう呼んでね!」の最たるもの。
ヲタクやってる人は「こう呼んでほしい」が割と明確で、だからこそこのハンドルネームでの活動がしやすいし楽しいのかな、と思ったり。
そうそう。
子供の学校に、自己紹介で「セオって呼んでね!」と言った子がいたのだそうです。
瀬尾さんかな…? と思いきや。
「セオドア・ルーズベルトを尊敬してるから!」という理由だったそうです。なかなか凄い。ちなみに女子。名前のどこにも「せお」は入ってませんでした(笑)
でも、好きな名前で呼ばれた方が絶対に本人も嬉しい。しかも他人が気を遣う必要もない。おまけに周囲も「あだ名で呼ぶのがどうのこうの」という議論を全くしなくていいわけで、よほど健全なんじゃないかなと思うわけですよ。
女子でも男子名で呼ばれたっていい。その逆もまた然り。
呼ばれたい名前くらい、自分で決めちゃっていいんだよ。
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