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イケメンはなぜモテるのか?

進化論のダーウィンが、その主な学説である「自然選択 natural selection」を発表した当時、この考え方はキリスト教会の教えに反しており、異端であり、道徳的・倫理的に認められない、と猛反発されていました。

今の時代、少なくとも日本においては、ダーウィンの進化論の「自然選択」説を非道徳的だとか、非倫理的だとか、不愉快だといって拒絶する人はあまりいないでしょう。
ただ、これは狭義の自然選択説に関しては、です。
自然選択説のダークサイドとも言われる「性選択 sexual selection」説、つまり狭義の環境に適合したものが生き残り、遺伝子を次世代に継承し、増えていく…のではなく、もっと単純に、(優れたものでも、強いものでも、環境によく適合したものでもなく)ただモテるものが子どもをつくり、次世代に遺伝子をつなぎ、増えていくのだ、という考え方は、どうしても人を不愉快な気分にさせますし、今でも不人気です。

性選択説が人々を不愉快な気分にさせるのは、簡単に言うと、感情的に納得がいかないからです。どうして特別に優秀なわけでもなく、仕事ができるわけでもなく、みんなの役に立っているでもなく、ただイケメンがイケメンだというだけでモテて、子どもをつくり、次世代に遺伝子を継承できるのだ? 逆に言うと、なぜブサイクはブサイクというだけで、非モテは非モテというだけで、子どもをつくることもできず、次世代に自分の遺伝子を残すこともできないのか? おかしいじゃないか、納得できない! と。

ただ、これが事実なので仕方ありません。
感情的に納得できなかろうが、不愉快だろうが、天動説が否定されて地動説が正しかったように、こればっかりはどうしようもないのです。

さて、私たち人間はどうか?
以前にもとりあげましたが、配偶者選択 mate choiceの主役は女性です。女性が男性を選ぶのがメインです。
では、一般的に、女性はどのような基準で男性を選んでいるのか?


この問題は、実は生物学・進化心理学の分野では、ずいぶんあれこれと研究しつくされています。女性が男性に求める条件ですでにわかっているものを列挙すると、

(1)左右対称な顔つき・身体つきをしたイケメンであること。
(2)男性ホルモンの分泌が長期間にわたって良好であった結果として、顔つき・身体つきが男らしいこと。
(3)遺伝子的・MHC(組織適合性複合体;人間においては、よく医学の分野ではヒト白血球抗原HLAとも言います)的に自分とは離れていること。(=良い匂いがすること。)
(4)社会経済的地位が高いこと。それを維持する高い能力を備えていること。
(5)優しく、子ども好きであり、長期間にわたる子育てに誠実につきあってくれる性格であること。

…条件厳しいです。しかも多岐にわたっています。
それに、これらの条件にいったいどんな意味があるのか?

条件(4)、(5)は「長期的魅力」と呼ばれるもので、女性が長期間伴侶として過ごす相手に求める性質です。人間は子どもの成長に非常に長期間の年月がかかるので、(4)、(5)の条件は女性にとっては当たり前のようにとても大切なのです。

それに対して条件(1)、(2)、(3)は「短期的魅力」と呼ばれるもので、別に一生添い遂げる伴侶でなくても、一夜限りの関係でも良いので、とにかく遺伝子的に優れていることを意味しています。

なぜ条件(1)〜(3)が遺伝子的に優れている(=遺伝子を掛け合わせる女性にとって好都合である)ことを意味していると言えるのか?

まずは(1)顔つき・身体つきが左右対称でイケメンであること、です。
私たち人間も、人間以外の動物たちも、私たちの身体は遺伝子DNAの情報を設計図にしてつくられていきます。この身体つくりのプロセスで、遺伝子的に不安定であると左右対称性が悪くなります。(これをFluctuating Asymmetry、略してよくFAと呼びます。)つまり、左右対称性が優れているということは、遺伝子の発現が感染症などに対して強く、遺伝子的に安定していることを意味しているわけです。実際、人間だけでなくほとんどすべての動物たちの世界で、左右対称性の良い個体はモテるようにできているのです。女性からしてみたら、自分の遺伝子と掛け合わせる相手の遺伝子は感染症に強く安定していた方が良いのです。私たち人間の女性も、本人もそれほど意識していないところで、男性たちの顔つきや身体つきの左右対称性をかなり正確に測っていて、異性としての好ましさの重要な条件にしていることがわかっています。

ただ、面白いことに、イケメンの条件がただの左右対称性だけでもないこともわかっています。実際、「左右対称性が良い男性」と、「左右対称性が悪い男性」をたくさん集めて、加算・合成した顔写真をつくってみます。

これはいくつもの写真を加算・合成した顔写真ですから、ここにはすでに左右対称性の問題はなくなっています。それにも関わらず、女性たちは「左右対称性が良い男性」たちから加算・合成された顔写真の方を「左右対称性が悪い男性」たちから合成された顔写真よりも魅力的だと評価する傾向があることがわかっています。女性たちが、左右対称性以外の何を測っているのか?はわからないのですが。


次に(2)男性ホルモンの分泌が長期間にわたって良好であった結果として、顔つき・身体つきが男らしいこと、です。
男性でも、女性でも、性ホルモンの分泌は全般的な健康状態が良好であることが大前提です。動物の基本として、自分自身の生存さえ十分に確保できないような個体には、次世代に遺伝子を残すことなど無理だからです。女性の場合は、ちょっとストレスがかかるとか、風邪を引くなどすると、すぐに性ホルモンの状態が不安定になって月経周期が狂ってしまうことはよく知られていると思います。これは男性も同様で、男性ホルモンが長期間にわたって良好に分泌されるためには、心身ともに健康優良であることが必要なのです。逆に言うと、長期間にわたって男性ホルモンの分泌が良好であり、その結果として、男らしい顔つき・身体つきを手に入れている男性というのは、そのような長期間にわたる健康優良を維持できるような優秀な遺伝子の持ち主であるということを間接的に示唆しているわけです。


そして(3)遺伝子的・MHC(組織適合性複合体;人間においては、よく医学の分野ではヒト白血球抗原HLAとも言います)的に自分とは離れていること。(=良い匂いがすること。)、です。
これはわかりやすいでしょう。近親婚をふせぐためです。なにしろ、遺伝子的にあまりに近い男女が結婚して子どもを作ると、その子どもは病気になりやすいことがわかっているわけですから。このため、動物たちの自己と非自己を見分けるための仕組み=MHCによって、相手の男性の遺伝子が自分と近いか遠いかを女性は文字通り「嗅ぎ分けている」のです。動物たちがMHCの違いを匂い(体臭)によって嗅ぎ分けていることは、最初はネズミにおいて発見されましたが、すぐに私たち人間にも同じようなメカニズムがあることがわかりました。もちろん、人間の女性たちは意識して、意図的に男性の匂いを嗅いでMHCが遠いか近いかを判断しているのではないでしょう。完全に無意識的に、そして場合によっては相手の匂いを嗅いでいることさえ意識されないところで、配偶者選択の材料にしているのです。


進化論における「性選択」説がなぜこうも不人気なのか、おわかりかと思います。顔つきや身体つき、さらに体臭などという人間として、男として、かなりどうでも良いような基準で「適者生存」が決められてしまうという、この人間的な価値観からするとひどく理不尽なメカニズムのためでしょう。

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