「アフターコロナをどう生き抜くか」 Relux創業者・篠塚孝哉は、 なぜ「TASTE LOCAL」を わずか1週間でローンチさせられたのか?(前編)
アフターコロナ時代のあり方とは
コロナがやってきた今、求められているのは、大きなパラダイムシフトだと思っています。ビジネスも、経営も、組織運営も、働き方も、ライフスタイルも、大きく変えなければならなくなっている。もう、かつてのやり方ではうまくいかなくなってきているのです。
では、アフターコロナ時代のあり方とは、どのようなものなのか。それを経営者でシェアしたくて、オンラインサロン「Honda Lab.」の法人向けサロン「Honda business Lab.」において、さまざまなゲストを招いてディスカッションをさせてもらっています。
その中から、とっておきのエッセンスを記事化してnoteで紹介することを考えたのが、この企画。後にマガジン化する予定の「アフターコロナをどう生き抜くか」です。
第1回は、「TASTE LOCAL」の篠塚孝哉さん。リクルートを経て、2011年に高級旅館・ホテルの宿泊予約サイト「Relux」を創業、成長軌道に乗せます。2017年からのKDDIグループ入り後も3年間、社長を務め、業績は絶好調でしたが、任期満了に伴い、2020年3月に退任しました。
折しも日本国内が本格的なコロナ危機に突入していくタイミングでしたが、ここでまさにびっくりなスピードで新しい事業を立ち上げてしまうのです。それが、「TASTE LOCAL」です。
コロナで人々が自由に移動することが難しくなり、旅行業界は大きな打撃を被っていました。そんな中、篠塚さんがスタートさせたのが、「一流宿のおいしい味を、食卓で楽しめるECサービス」でした。
サービス着想からローンチまで、なんと1週間
自宅にいながらにして、魅力的な一流宿のこだわりの食事からデザートまでを楽しむことができる。これが、「宿泊施設を応援したい」「巣ごもりの中でおいしいものを食べたい」といったニーズに合致。テレビにも取り上げられて大ヒットするのです。商品を提供した旅館の収益にも大いに貢献することになりました。
ただ、「TASTE LOCAL」がスタートしたのは、4月10日です。先にも書いたように、篠塚さんが「Relux」の社長を退任したのは、3月末。驚くべきことに、サービスの着想からローンチまで、営業日ベースで1週間程度でスタートさせてしまったのです。
しかも、さらに驚くべきことに、「TASTE LOCAL」をスタートさせるにあたって、篠塚さんは会社を作っていません。誰も雇っていないのです。ツイッターやnoteでの発信に共感してくれた人が続々とボランティアとして集まり、サイトができあがってしまったというのです。
会社もオフィスもないどころではありません。組織すらないのです。なのに、注目の事業が生まれてしまった。まさに、アフターコロナ、ウイズコロナのあり方を象徴する事例だと思いました。
困っている高級旅館を救いたい
「Relux」の社長退任時には、こんなことは考えていなかった、と篠塚さんは語っていました。
「直さん(これは僕のことです)みたいに、世界中をウロウロして次の事業を探そうかな、と思っていました。自由に泊まりたい宿に泊まって、食べたいものを食べて。そんな一年を過ごそうと思っていたんです」
そこにやってきたのが、新型コロナウイルスでした。
「残念なことに、どこにも行けなくなってしまった。一方で、退任の発表後、お世話になった宿の方々と何社も電話で話をしていました」
どの宿も、コロナ禍に見舞われていました。篠塚さんはnoteにこう書いています。
『多くの産業がそういう厳しい状態であることを理解しつつも、都内のホテルも地方旅館もとんでもないことになっていて、これは他産業と相対的に比較してもかなり厳しい現状でした。しかも、打てる手がほとんどない』
飲食店以上に厳しい事態。資金を信じられない速度で削っていく。ただ、泊まりに行くことはできない。でも、何かできないか……。そんなふうに頭のどこかで思っていて、急にアイデアが降ってきたのだそうです。noteにはこうあります。
『稲取の浜の湯には、伝統的な料理である大ぶりの金目鯛の煮付けのお土産販売があったはずだ。そう考えると他の一流旅館にもたくさんのお土産があるはずだと仮説を立てて調べました。するとありましたやっぱり、一流宿が培ってきた味を食卓で楽しめるお土産が』
しかし、一社一社が単独でECサイトを構築するのは大変だし、今のこの状態で新規のコストを捻出するのはとても厳しい。だったら、自分がやればいいのではないか……。やがて、やるしかない、と突き動かされるかのように動き出すのです。
SNS発信で、ボランティアが100名以上も応募
篠塚さんとは3年ほど前、僕がTRUNK(HOTEL)で企画したサウナイベントに来てくれたことがきっかけで、ご縁ができました。親しくなり、よく食事に行ったりしていました。
その後、2019年に日本のトップ旅館を貸し切って、宿泊体験を変えるイベント「Inspire by Relux」を一緒に企画しました。このときは、佐賀県武雄市にある御宿竹林亭という素晴らしい宿で、シェフはこれまた日本を代表する傳の長谷川在祐さんに参加してもらって実施しました。
こうした篠塚さんとの関わりもあって、僕自身も旅館が受けるコロナの影響を心配していました。このとき彼と話して最初に実施したのが、Change.orgを使った宿泊施設向けの救済署名キャンペーンでした。
そして同時に彼が行ったのが、宿を助けたい、という自らの発信でした。
「最初はツイッターでボソッとつぶやいたんですが、2〜3人が、『タダでもいいから手伝いますよ』と反応してくれて、手伝ってもらいました」
この人たちがコアメンバーになりますが、すぐにこの人数では回らないことが見えてきた篠塚さんは、noteにブログを書いてボランティアを募集します。
「すると、100人くらいの応募が来たんです。仕事がしたい、一緒にやってみたい、という人たちからです」
コロナでも、困っている人たちのためにボランティアをしたい、という人たちはたくさんいました。しかし、震災や災害と違って、他県に行くことも、食料を送ることも、物資や労働でのボランティアもできない。これまでのやり方では、できなかったのです。
「マスクを送るといっても、勝手に買って送ったら迷惑になるかもしれないですし、そもそもどこに送ればいいかわからない。医療現場にボランティアで、といっても邪魔にしかならない。ボランティアしたいという欲求の行き先がなかったんだと思うんです。だから、自分のスキルは地域の経済貢献になるなら、と賛同くださった」
実は当初、立ち上がったばかりのときには、今のような洗練されたサイトではありませんでした。ところが、これがどんどん良くなっていったのです。ボランティアの人たちによって、まさに走りながら作っていった。実験のように、です。
「100人ぐらいの応募が来て、FacebookやSlackに入れていくと、勝手に仕事が進んでいきました。みんな会ったことがない人たちだらけです。最後まで、zoomをしたことがない人、顔と名前も一致していない人たちがたくさんいます」
PRでテレビを続々獲得したスーパーボランティア
それでも商品登録担当チームで「商品を見つけてきました」とコメントが上がり、PRチームはツイッターやインスタグラムでどんどんPRに動いていったそうです。
「仕事がプロジェクト的に走っていったんですよね。とんでもなく優秀な人が何人もいて、その人たちが週に1時間使ってくれるだけで、ものすごいアウトプットが出てきた。財務の設計やデータ分析もそうでした」
大企業、IT企業に勤めている人たちが少し手を動かすだけで、とてもいいアウトプットが作られることを改めて実感したといいます。プロボノ(ある分野の専門家が専門知識やスキルを活かして行う社会貢献活動)サポーターたちが、自ら課題設定をし、勝手に活躍してくれたのです。
「仙台でカニが余って困っていて、僕が話をまとめてきますので、TASTE LOCALで売ってほしいです、と商品登録をしていってくれた人もいます」
指示を待って動いているわけではない。自分たちで動くのです。組織になっていないので、上下関係があるわけでもありません。まさに、新しい組織のあり方でした。
「とんでもないスーパーボランティアさんもいらっしゃって。主婦の方ですが、PRのプロなんです。『最近、仕事をしていないのですが、もともとPRをしていたので、1日1〜2時間でもよければお手伝いしたいです』と加わってくださったんですが、テレビを次々と決められるわけです」
普通なら、50万円、100万円かかるようなPRが、なんとボランティアの力で実現してしまったのです。結果、4月、5月はテレビにたくさん取り上げられることになりました。上で紹介している金目鯛は、単価5000円でしたが、なんと1カ月で自社の問い合わせも含め2000個も売れました。流通額は、始めて間もなくで月数千万円ほどになりました。
お礼はお金ではなく、ECサイト内の商品
「カメラマンのボランティアをやりたい、商品を送ってくれたら何でも撮ります、という方もおられました。特にECは写真がすべて。食べたいと思われるような写真にすることが重要でした」
カメラマンの方に食材をお送りし、撮影いただき、無料でアウトプットしてもらえることになりました。こうして短期間で驚くほどクオリティの高いサイトができあがってしまったのです。
「中には、さすがにタダでは申し訳ないと思えることもありました。そういうときは、TASTE LOCALで商品を買ってお送りしました。最低限の利益はクライアントからいただいていたので。すると、みなさんにものすごく感謝していただき、なんだか昔の物々交換の時代に戻ったみたいでした」
僕は2020年の物々交換と呼んでいますが、お金ではなくスキルの交換が行われていたのです。これもまた、アフターコロナ時代のキーワードのひとつだと僕は思っています。そして、みんながハッピーになった。
では、どうして篠塚さんに、こんな前例のないプロジェクトができたのでしょうか。後編に続きます。
(text by 上阪徹)
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