デザイナー・森田恭通は、なぜ大きなチャンスを次々と手にできるのか? (後編)
18歳のとき、偶然この世界に入ってしまった
ロブション、バカラ、オーデマピケ……。世界の一流ブランドから日本のデパート、話題の商業施設やお洒落なレストランなどなど、今やインテリアデザインで世界に知られる存在が、森田恭通さん。
メディアに大きく報じられるビッグプロジェクトを次々に手がけ、さすが大御所ともなれば、次々と大きなチャンスを手に入れられるのだな、と感じている人も少なくないと思いますが、それは間違っています。
じっと待っていて、森田さんはチャンスを手に入れているわけではありません。驚くべきことに、自ら営業しているのです。しかも、時には飛び込み営業のように、展示会で会った海外のVIPに向かっていくこともあります。
やってみたいから、と頼まれてもいないのにアイデアを作り、コストをかけてプレゼンの用意をし、相手を驚かせることも少なくないそうです。森田さんのような大御所が、こんな日々を送っているのです。
断られることを恐れない。うまく受け入れられなかったとしても、へこたれない。ダメもとで突撃する。大御所がこうなのです。普通の人たちが、じっと待っていたのでは話にならない、と改めて思います。ましてやコロナ時代には、サバイブできないのです。
今や世界的なインテリアデザイナーの森田さんですが、実は意外なことがあります。インテリアデザインについて、学校で学んだ経験はないのです。
「僕は偶然、この世界に入っちゃったんです。それが18歳のとき。今が53歳ですから、もう35年になりますね。僕はファッション、洋服が大好きで、とにかく洋服を買いたい一心で、いろんなアルバイトをしていました。そこで飲食店でいろいろお世話になっているうちに、いろんなことが思い浮かんじゃったんです」
もうちょっと照明を暗くしたらいいのに。もうちょっとイスの幅を広くしたほうがいいのに。そうしたら、お客さんは居心地が良くなるのに……。森田さんは、アルバイトをしながら、いろんなアイデアを蓄積していったそうです。
「実際、照明を落とすと、お客さんのお代わりが増える、なんてこともわかっていくわけです。デザインという形ではなくて、お客さんの居心地が一つのデザインだな、と思っていて。その感覚は今も大事にしていますね」
35年前には、まだインテリアデザインは、日本には定着していませんでした。デザイン料を請求すると、なんだそれは、と言われた時代。
「まだまだソフトに対してのお金の価値観がなかった。だから、どうやったらお客さんに気持ち良くデザイン料を払ってもらえるか、と考えたとき、お客さんがハッピーになるにはどうしたらいいか、を目指したわけです。それはつまり、お店の売り上げが上がること」
売り上げを上げるにはどうすればいいか。人気のお店にする。人気のお店にするにはどうすればいいか。世の中にありそうでなかったものを提案する。そんなふうにだんだんと絞り込んでいったのです。
行ったことがないニューヨークの店を作る
ただし、一歩早すぎるデザインをすると、お客さんはついてこられない可能性がある。しかし、みんなが期待するラインのものを提案しても、そういう店があったな、で終わってしまう。
「だから、人の印象に残りながら半歩先で、こういうのがあったら行ってみたい、というデザインを考えました。実際に来てもらったときには、良かった、友達にも言ってもう一度、来てみよう、とリピーターになる」
リピートはどんなビジネスでも大切なキーワードですが、お客さんにいかにリピートしてもらうかということを考えながら、デザインを始めたと森田さんは語ります。
「そうすると、狙いが当たって、みんなお洒落してご飯を食べに行ってくれたり、飲みに行ってくれたりし始める。80年代は、そうやって時代に合わせたデザインが増えていった時代でしたね。僕自身も、自分が行ってみたい場所を作ってきたんですよ。世の中になんでこういう店がないんだろう、とか、あったらいいのにな、とか妄想したりして」
まさにこの「妄想」こそ、11月19日に出たばかりの森田さん新刊『未来を予知する妄想の力』のタイトルになっている重要なキーワードです。
森田さんが18歳のときに手がけた神戸のバー「COOL」は、ニューヨークがテーマでした。しかし、森田さんはニューヨークに行ったことがありませんでした。海外にも出たことがなかった。
©SEIRYO YAMADA
「ニューヨーク行ったことがないのに、任せてください、とめちゃくちゃハッタリですよね。行ったことないのに、任せてくださいと。でも、その後、ニューヨークに初めて行ったときに思ったんですが、COOLって、やっぱりニューヨークだな、と思うわけです」
行っていないのに、森田さんはデザインをしてしまう。なぜデザインができたのか。
「それはね、妄想なんですよ。この妄想が、僕にとって一番のデザインの醍醐味というか、考えるところなんです。しかも僕は当時、図面も引けなかった。あったのは、洋服が好きだったので、VOGUEとかELLE JAPONとかELLE DÉCORとか、資料になるファッション誌だけでした」
ここから、森田さんは妄想をどんどん膨らませていったというのです。
「ニューヨークには行ったことないけど、たぶんニューヨークの壁って、壁にグラフィティがあって、床なんかも幅広のフローリングの床でペンキがついて汚れていたりするんじゃないか、と。だから、大工さんに床張ってもらった後に、汚したいんですけど、いいですか、と聞いて、なんで作ったのに汚すんだ、と(笑)。せっかく作った壁の煉瓦もなんで落書きするんだ、と言われたりして(笑)」
おそらくこういうところがニューヨークだという森田さんの妄想は、むしろ、ニューヨークよりもニューヨークらしいかもしれないお店を作ったのです。
COOL
兵庫県神戸市中央区下山手通2-17-10 ライオンビルB1
Tel:078-333-8631
デザインのミッションは、商売の起爆剤になること
18歳のときに初めてインテリアデザインを手がけた神戸のバー「COOL」は、30年以上経った今でも営業しています。森田さんがデザインしたまま。改装もリノベーションもなしで営業し続けている。
「神戸三宮は、20年以上、25年以上のお店がまだ残っていますね。Lenとか、IT’sとか、まだ営業しています。タイムレスという言葉はとても大切にしていて、その時代にはびっくりしたり、こんな店で、と奇をてらったように当時は思われるんですが、新しいスタンダードが20年も経つとスタンダードになるんですね。最初はアヴァンギャルドに思われたりするんですが、生活になくてはならない存在の場所になったりしていくんです」
そして、お客さんをハッピーにすることが、クライアントのハッピーにつながる、という思いを今も大切にしていると語ります。
「日本だと、アーティストとデザイナーって同じにされちゃうんですけど、まったく違う職業なんです。商売の起爆剤になることが、デザインのミッションなんです。アートは、個人の主張であったり、考え方をメッセージとして出していくことで、商売とは一線を画したところがある」
デザイナーとしてそれを強く意識して、小さなお店やディスプレイも含めたら、1000件以上を手がけてきたといいます。
「今でも新しい依頼が来ると、例えばレストランなら、誰と行くことが、このレストランの一番のターゲットが喜ぶお店なのか、を考えますね。家族なのか、仕事仲間なのか、ガールフレンドなのか。僕なんか、妄想で世界中のスーパーモデルとデートできるんですが(笑)、そういうときに、どういう店がいいかな、と」
ドアを開けた瞬間、お店の中がパッと見えるのか、それともちょっとアプローチがあって、中の空間が見えないようにして、じらしながらも開けたときにはインパクトがサプライズになって、なんて考えるとか。
「たぶん彼女はエルメスのバーキンを持っているわけですね。バーキンを床に置くのは嫌だから、バーキン用の小さなイスを横に置いたほうがいいかな、とか。一番いい席を用意してください、というとき、一番いい席とはどこのことを言うのか。彼女が席を立つときに、ちゃんとイスが引きやすいか」
小さなことだけれど、その瞬間に空気をダメにしてしまうことがあるのだそうです。そういう細かな妄想を考えながら作っていくのが、森田流のデザインなのです。
「僕は最初からペンをほとんど持たないんです。最初、プランを考えるときにペンを持って紙に書いてしまうと、ディテールから入ってしまうから」
ディテールデザインを最初に考えると、デザインってロクなことがない、と森田さんは言います。
「妄想によって、何が必要か、大きさはどうか、空間は狭いほうがいいか、いろんな諸条件を整理していくほうが大切です。その諸条件を整理した中で、こんな色のイスとか、ディテールを書いていく。そこまではずっと妄想なんです。妄想を考え、予算とスケジュールを考え、お客さんに伴走して一緒に次のビジネスステージを考える。それを提案するのが、デザインの大切なことかな、と思っています」
46歳のとき、写真を始めた理由
飽くなき探求心と好奇心、やってみたいことの妄想からびっくりするようなデザインを生み出してきた森田さんですが、人生についての考え方も突き抜けていました。これだけの実績がデザイナーとしてありながら、新しい道に踏み出すのです。写真です。
「インテリアデザインと建築で面白い世界観をいろいろ味わって、楽しい仕事をさせてもらってきたんですが、46歳のとき、このまま突き進んで50代、60代はどうなんだろう、と思ったんですね」
50代近くなってきたとき、何か違うことでもう一度、チャレンジできないか、と考えたのです。
「たまたま友人で先輩の布袋寅泰さんが、『モリちゃん、オレ、ロンドン行くよ』と言ったのが、彼が50歳のときだったんです。そこに背中を押されたというか、違う何かをやろう、と」
ちょうどデザインの仕事をしていて、モノクロームの彫刻のような写真が空間にあるといいな、と思うことが増えていたのだそうです。ところが、なかなかなかった。
「あったとしても、非常に高価で難しい。こういう写真が欲しい、ということはわかっているし、だったら自分で撮ったほうが早いな、と思って」
もともと趣味で写真をやっていたそうです。ただ、絶対に写真を仕事にすることはしないでおこうと思っていたのです。
「それを日本でやると、どうしても『デザイナー森田くんが撮った写真』となってしまうからです」
そこで森田さん、なんと海外で、しかも写真についてはコメントが辛口の場所、フランス・パリで展覧会を開くことを決めるのです。
© I.Susa
「どうせだったら、最も厳しい場所でチャレンジしよう、と。そうしたら、これがとても評価が良かった。それじゃあ、続けようということで」
なんと去年はパリで、あのバカラのミュージアムで個展を開いているのです。まさに世界最高峰の場所です。
「すべてドン・ペリニョンの写真でした。クリスタルを顕微鏡で撮っていったんですが、これが、本当に美しい。人間が作った形ではなく、自然に結晶ができていく。そこに美しさを感じたんですよね」
©Kiku Niuya
詳しくは明かせない、ということだそうなのですが、とんでもないものを撮るプロジェクトも進んでいるのだそうです。コロナがなければ、フランスに渡って撮影をすることになっていた。そんな撮影を任される日本人は、いなかったそうです。また日本でも、森田さんは伊勢神宮の撮影を許されています。新しいチャレンジが、こんなふうに今につながっていったのです。
オンラインサロンもスタートする
森田さんにお願いするくらいだから、どれも大きな予算がついているんだろう、と思っている人も多いかもしれません。
「僕も長いことやっていますけど、『森田くん、こんだけお金あるから好きに使って』というお客さんは一人もいないですね。世界中のクライアント、ものすごいお金持ちとか、すごく大きな会社もありますけど、商売のお上手な方は1円も無駄にしない人たちが多い」
優れたビジネスパーソンたちは、スケジュールをいかに短くし、いかに総工費を抑え、そして森田さんから面白いことを引き出すか、考えているといいます。実際、仮に予算が少なかったとしても、森田ワールドは実現されるのです。例えば、六本木のバー「ARAMAKI」。
「ここのオーナーは、僕が期間限定で銀座にシャンパンバーを経営しているときに、店長でやってくれた、お世話になった子でした。彼がいろんなバーを渡り歩きながら、『とうとう自分のお店を持ちます』となって、『おお、良かった』と返したら、『森田さんデザインしてください。でも、お金ないんです』と言うわけです」
実は、お金がないんです、と相談を受けることもないわけではない、と森田さん。しかし、ないにも程があったそうです。総予算はそれなりに用意したものの、あれも必要、これも必要、と計算していくと、残りのお金が15万円になってしまった。
「15万円で何ができるか。でも、そこで諦めないのが、デザインなんです。ただ、フェイクのものを僕は絶対に使いたくなかった」
予算がなくなると、安直にフェイクなものを飾り始める店が少なくありません。しかし、ここで森田さんはびっくりなアイデアを出すのです。
「10万個の画鋲を買ったんですよ。ちょうど壁が合板しか予算がなかったので、そこに刺してみようと。こうすると、合板が真鍮の壁になるわけですね。ただ、施工の予算はない。なので、彼に言って、オープンまでに7万個貼らせまして(笑)。その後はお客さんが貼るようになって、今は12万個くらいになっています」
この画鋲の真鍮の壁が、実は大きな話題になります。予算がないからできない、ではないのです。工夫なら、お金がなくてもできる。絶対に諦めない。それをどうクリエイティブで乗り越えるかを、常に考えていくことが大切なのです。
「8席の店で、実はイスがイケアだったりするんですが、歌舞伎役者からミュージシャンから、おじさんから若い子まで、いろんな人が紹介で来ていますね。オーナーにとっては、人生最大のお金です。そうであれば、その範囲内でやるのが、商売だし、デザインだと思うんです」
そしてコロナがやってきて、森田さんはまた新しいチャレンジを始めます。SNSも一切やってこなかったそうなのですが、オンラインサロンをこの冬に始めるのです。
「国外に出られなくなって、もしかして今なら国内で今までお付き合いしてなかった人たちと、コミュニケーションを取るチャンスかな、と思ったんですね」
名前は、森田商考会議所。
「商いを考える。いろんな人たちが集まり、いろんな人たちを招いて話を聞き、ときには一緒にクライアントに飛び込み営業に行きたいですね(笑)」
デザインに関わる人には、森田さんの成果物がどう作られていくか、を見られる貴重な機会にもなるはずです。そして森田さんに仕事をお願いしたい人には、森田さんの仕事を理解できる場になる。稀有なつながりが生まれる場になると思います。
コロナがなかったら、森田さんがオンラインサロンを考えたとは思えない。これもまた、コロナが作ってくれたチャンスなのです。
本田直之
(text by 上阪徹)
森田 恭通 (もりたやすみち)
デザイナー / GLAMOROUS co., ltd. 代表
2001年の香港プロジェクトを皮切りに、ニューヨーク、ロンドン、カタール、パリなど海外へも活躍の場を広げ、インテリアに限らず、グラフィックやプロダクトといった幅広い創作活動を行っている。 直近では、100年に一度と言われる再開発が渋谷で進む中、2019年12月5日オープン 「東急プラザ渋谷」 の商環境デザインを手掛けた。またアーティストとしても積極的に活動しており、2015年より写真展をパリで継続して開催している。
アワード: MUSE Design Awards、IDA Design Awards、SEGD Global Design Award、A' Design Award and Competition、Design For Asia Awards、The International Hotel and Property Awards、INTERNATIONAL PROPERTY AWARDS、THE LONDON LIFESTYLE AWARDS、The Andrew Martin Interior Designers of the Year Awardsなど、受賞歴多数。
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