建築家・谷尻誠は、なぜ 虎ノ門ヒルズの「虎ノ門横丁」を発想できたのか?(後編)
仕事を、仕事っぽい場所でやる必要はもうなくなった
勉強ができない、バスケットボールをやっているのに背が低い。そんなコンプレックスも武器にしてしまったという、建築家・谷尻誠さん。尾道の「U2」、渋谷の「Hotel koe」、虎ノ門ヒルズの「虎ノ門横丁」など、斬新で大胆な企画が多く人を驚かせています。
不利や不便こそが、クリエイティブの源泉。自ら不自由な状況に追い込むために、頻繁にキャンプにも出かけています。コロナがやってきて、先行きが不透明になった、などというのは、むしろチャンス。最もクリエイティビティが発揮されるコロナチャンスが来ている、と語るのです。
世の中の価値観が大きく変わるときは、今までの価値が通用しない、同じスタートラインに、みんなが一直線で並べるのだ、とキャンプ先の能登半島の最北端からオンラインで語ってくれました。谷尻さんはいいます。
「実際、オフィスに行かなくても仕事ができることがわかったので、どこでも建物をちょっと建てればオフィスにできるな、と思いましたね。小屋とキッチンとサウナと風呂があればいい。キャンプ場近くの農家さんと話していて、そういうのやりましょう、と提案しています。そうすれば、遊びながら働ける。必要なときは、もちろん現場に足を運びますけど、もう場所を問わない働き方にしたいな、と思っています」
仕事を、仕事っぽい場所でやる必要はもうなくなったのです。昔なら、キャンプ場からオンラインでつないだりしたら、遊んでいるというイメージになりましたが、今やその垣根はどんどんなくなっているのです。
一方で、建築家はオフィスも作っていました。オフィスを作っていた人たちが、今度はオフィスを否定しないといけない。新しいオフィスのあり方も作っていかないといけないのです。
「そうなんですよね。でも、自分たちがやっていることに対して、やっぱりどこかで常に問いを持ち続ける必要があるとは思っていたんです。だから、オフィスで人がたくさん集まるところは、窓を取ればいいんじゃないか、と今は言ってるんですけどね。ビルの窓、なくせばいいじゃん、って。そうすれば、エアコンもつけなくてよくなる。つけるものが多いからお金もかかるし、その回収のために負担がかかってくる。屋根だけあれば、そこにものが並べばレストランになったり、アパレルになったりできるはずなんです」
たしかにハワイのロビーなどは、窓がそもそもありません。それにしても、これを日本で本気で発想してしまうのが、谷尻さんのすごいところです。
「これからの時代はいいと思うんです。レストランも窓なし。冬は、そこで薪ストーブを焚けばいい。なかなかやってくれる人がいないんで、自分たちで徐々に、小さくてもいいからやっていくしかないかな、と思っています」
本当の安心って何なのか、いつも考える
冷房はどうするんだ、という声が聞こえてきそうですが、なんと谷尻さんは自分で実験もしています。自宅には、エアコンがついていないのです。しかし、とても涼しいといいます。
「結局、部屋の中にある空気の量というのは、どこにいても一緒なんですよね。その空気を冷水によって結露させると水蒸気になって、空気よりも質量が重くなるので、冷たい空気は下に降りてくるんです」
天井に冷水のパイプを這わせて、そこで結露させているのです。窓を開けて網戸のままにしていても、ずっと室内は24度のままだそうです。
「風もないのに涼しい。エアコンの風って、やっぱり気持ち悪いし、乾燥もするので、体調を崩すんですけど、それもなくなります。だから、外の空気なのに、涼しい環境を作っています。冬は床暖房と、暖炉を作ったので、木で暖めるという原始的な方法にしています」
こういうことは、コロナがやってくる前から、谷尻さんはすでにやっていたのです。
「過去の歴史をたどると、コロナ以外に、これくらいの大きな価値観が変化することって、何度も起きていますよね。それに振り回されるより、やっぱり自分の生き方を作っておくことが大事だと思います」
それにしても、建築はそう簡単に実験することができないと思っていましたが、やれてしまっているというところに、凄みを感じます。
「自宅も1階がテナントで、2階に住んで、3階が妻のお店なので、1階と3階が家賃を払ってローンが終わるというモデルです。ヤドカリ方式ですね。本当に仕事がなくなったら、自分の住んでいるところを貸して、田舎で小屋でも建てて、のんびり畑仕事でもしようかな、みたいな(笑)」
それでもローンが返済できるモデルを作っているのです。
「借金を少なくすることがリスクが少ない、と勘違いしそうなんですが、経済が回るためにお金をちゃんと使っておけば、逆にリスクヘッジができます」
感じるのは、こういう発想がどこから出てきているのか、です。
「本当の安心って何なのか、いつも考えるんですよね。保証がついている、というのもうさん臭い。本当に自分で納得いくところまで考えて、納得してから物事を進めたいんです。わかったつもりになっているのが、ものすごく不安なんです」
これなら絶対に大丈夫だ、と自分で思えていないと、誰かのせいにしてしまいそうになる。それが嫌だと語ります。
「だから自分で考えてみて、納得できるところでスタートする、というのを繰り返しているうちに、そうやって本質を毎回辿っていると、だんだん物事の本質がつかめる確率が高くなっていく。そんなにおかしな間違いにはならなくなった気がします」
無意味なこともメモしておく
僕が興味を持ったのは、やはりこれだけの実績についてのクリエイティブの源泉です。
「メモはけっこうしますね。メモ代わりにnoteを使っているんですが、ナオさん(僕のことです)にフォローされて、すごく書きにくくなりましたけど(笑)。メモは無意味なこともたくさんメモします。みんな、役に立つことだけメモしそうですけど、無意味なこともメモしておくと、意味がないものがつながって意味が生まれたりするんです。どうでもいいことをメモっておくと、それが途中でつながる瞬間が来るんですよね」
そしてもうひとつ、これは僕も共感しましたが、人に会うこと。
「一生懸命に会うようにしていますね。例えば、ナオさんたちとご飯を食べて3時間過ごすと、すごくいいことを要点をまとめて声に出して話してくれるわけじゃないですか。本を読むと、自分で要点を見つけて、自分でメモらないといけない。人に会うって、短時間で本を読ませてくれる行為に近いですね」
だから、これは僕もそうですが、誰に会うかは慎重に選んでいるといいます。
「気のいい人というか、愚痴とか悪口を言わない人と一緒にいると、勝手にアイデアがみんなで与え合えるというか」
結局、人とのつながりが最も大事だと僕も感じています。
「閃きという漢字は、鍵のかかった門の中に人が来て閃く、と書くらしいです。だから、人といるほうが閃くんですよ」
建築を考えるときは、前編でも書いたように言葉から作る。矛盾している言葉を意識するという谷尻さんですが、印象的なものに「社食堂」というネーミングがあります。谷尻さんの会社のオフィスは社食堂という名前がついていて、なんとお昼時間に一般の人が入れるようになっていて、食事が提供されているのです。そしてお昼時間が終わると、その場所がオフィスに戻る。
「食堂という名前をつけると、みんなお昼に来るんですよね。普通に社食がある会社はたくさんあるんですが、社食とオフィスが区切られているんです。食堂が1日のうち、2、3時間しか使われていない時間帯ができて。僕らの場所は、昼は食堂という現象が起きるだけで、それ以外はミーティングの場所なので、オフィスなんです」
社食の時間には、社員も外から来た人たちに混ざってご飯を食べているそうです。それこそ、誰が社員なのかわからない。
「あと、ライブラリーに建築やデザインの本を置いているので、知らないうちにデザインのことを皆さんに知ってもらえるといいな、と思って。自分たちの会社の投資として、初めて飲食を始めたんですが、こういう働き方っていいよね、という共感が生まれて、スラックからオフィスの仕事のオファーが来たりしました」
なんとも、とんでもない発想です。
「でも、どこかでみんな、分けるクセがついてしまっているんです。昔の民家なんて、ちゃぶ台出したらダイニングで、しまったらリビングとしてくつろげて、布団敷いたら寝室になって、年寄りが死んだら葬儀場になってたじゃないですか。空間に多様性があった。だから、ここはオフィスです、食堂です、と決めないことが重要なんです」
「虎ノ門横丁」は、混ぜたり、曖昧にした
そして、言葉はナイスミスマッチが重要だと語ります。
「クッキーという言葉は誰もが知っていますし、世界という言葉も誰もが知っているのに、世界クッキーになった瞬間、知らないものになるわけじゃないですか。だから、新しいというのは誰もが知ってることなんだと思うんです。それが新しい混ざり合いだとか、化学反応によって起きる」
生ハムとメロンが出会った瞬間があるように、思いがけないものを合わせていくのです。
「それは、言葉においても混ぜたり、いろんなお店のあり方としても、鮨屋のカウンターを振り返ったら、スナックがあったらいいな、とか(笑)」
こういうところから出てきたのが、東京・虎ノ門ヒルズにできた「虎ノ門横丁」でした。森ビルが作った象徴的な近代的オフィスの中に、ありえない混沌の世界を作ってしまったのです。
「そういうのがないから、いつか作りたいな、と。虎ノ門横丁は、まさにそういうごちゃ混ぜになったらいいな、というところと、ブレードランナーの世界が混ざって発想しました」
虎ノ門ヒルズでフードコートを作ることになり、コンペが行われたのだそうです。このときに浮かんだのが、横丁だった。近代的なオフィスと鮨屋で振り返ったらスナック的な世界、またブレードランナーの世界というなんとも尖った世界観がミックスされたわけですが、実は美食の街での原体験もありました。
「スペイン・バスク地方のサンセバスチャンに行ったとき、ミシュランのお店をハシゴできるという最高の体験をしたんです。でも、日本だとそうはいかない。星付きレストランとなると、どうしても1日1店行ったら、終わってしまうわけです」
面積のある場所に、どんなフードコートを作るか、というのがコンペでしたが、名店がいくつか集まることが決まっていたのです。
「それで、もっと気楽な横丁のようなホッピングスタイルが提案できるといいな、と思って提案したんです」
横丁の最高の魅力は、たくさんの人がワイワイガヤガヤと語らい、食べ歩けること。コロナが来てしまったせいで、本当の良さがまだ発揮できていませんが、コロナが落ち着けば、大変な人気施設になると思います。
これまでの商業施設には、こんなところはありません。カッチリしたところが多い。区分けもはっきりしている。それを逆転させたのです。
「商業施設も、どうしても整理してしまうんですよね。だから曖昧にする。それは僕は得意なので。混ぜたり、曖昧にしたり。そうすると、みんなが勝手に“新しい”って言ってくれるんです」
問題を好むようにしている
ただ、混ぜたり、曖昧にしたり、新しいことをやろうとすれば、周囲から決まって反発や不安の声が上がってくるのが日本です。
「何か問題が起きるんじゃないか、と最初からあきらめてしまうことも多いですね。でも、新しい価値観が生まれるときに、問題が起きないものって、ないはずです。だから、問題を好むようにしています」
多くの人は、問題が起きないようなやり方ばかり目指そうとしているのです。
「すでにある価値観の中にあるから、問題が起きないわけで。だから社食堂やるときも、会社にたくさん人が来て騒いだらどうするのかとか、守秘義務どうするのかとか、みんなができない理由をたくさん言ってくれたので、これは絶対に新しいんだと思ってやりました(笑)」
問題点がたくさん挙がるということは、新しい価値が存在しているということ。逆に、みんながいいというものは、もうどこかにあるものなのです。そもそも問題が起こったら、そこで対処すればいいのです。
「問題解決できるとパイオニアになれるんです。だから、問題を楽しめるようになれば、自然にクリエイティブになれる気がします。今は失敗しないことが正義になっている。新しいものを生みにくい環境にしてしまっているんです」
面白いのは、この発想を子育てにも取り入れていること。自分で遊び方を見つけて遊んでいるほどクリエイティブなことはありません。遊び道具を渡した瞬間に考えない子が育っていく。だから、親側にクリエイティビティが問われている、と語ります。
「YouTubeばかり見てちゃダメ、みたいに言うじゃないですか。でも、うちの子、英語ですべて渡していたら、英語しゃべり始めたんです。YouTubeがダメなんじゃなくて、何を渡すか、が大事なんです」
9つの会社は、マネジメントしない
前編の冒頭で、建築家というカテゴリーに収まらないと書きましたが、なんと今や9つ会社があるそうです。建築、施工、絶景不動産、家具、そしてホテルを運営するための会社にキャンプのプロダクトを作る会社、デジタルテクノロジーの会社にプロダクション。最も新しいのが映像編集の会社ですが、なんとスタッフをインスタで募集しました。
「ブランディングで大事なことは、分類されないことだと思っているんです。されないと勝手にブランドになる。どうやって分類されない仕組みを作るかは、すごく意識しています。だから募集も、プロじゃなくていい、というハッシュタグをつけたんです」
とんでもない数の応募があって、2人を採用。1人が学生でしたが、なんと2人を会社の社長にして会社を作ってしまいました。
「こういう新しい会社のでき方とか、あり方のほうが、他の映像会社と分類されないですよね。今もう2人が、バリバリ映像撮って編集してやってますよ。プロじゃなかったけど、インスタの写真や映像で最もセンスのいい2人を採用しました。技術はたくさんやっていれば、うまくなります。僕も建築家として、そうでしたから」
ちなみに9つも会社があれば、マネジメントはどうしているのかというと、していないそうです。できるだけ管理や支配はしない。
「ヤバいときも、自分たちがなんとかするしかない。本人がそのときを乗り越えないと、面白くないと思うんですよ。誰かの力で乗り越えたら、また困ったとき、誰かの力を頼ると思うので」
建築家のカテゴリーというより、経営者として、仕事人としてのカテゴリーにも収まっていないのかもしれません。コロナに慌てている場合ではない。谷尻さんの話を聞いていると、そんな気持ちにさせられます。
本田直之
(text by 上阪徹)
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