Behind the Scenes of Honda F1 -ピット裏から見る景色- Vol.05
Honda F1でチーフエンジニアを務めるデビッド・ジョージ。エンジニアとしての仕事やHondaのレースに対する姿勢などについて、前回に引き続き語ります。
こんにちは。Honda F1でRed Bull Racing担当のチーフエンジニアをしているデビッド・ジョージです。
先週末のスペインGPは、Hondaにとっていいレースになりました。Red Bull Racingの2台はいいパフォーマンスをみせており、パワーユニット(PU)も安定したパワーと信頼性でそれを支えていました。マックス(フェルスタッペン)がすばらしいスタートを決めて3位表彰台を獲得してくれましたし、フェラーリの前でフィニッシュできるというのはいつだってうれしいものです。ただ、メルセデスに追いつくにはまだまだ多くの努力が必要ですし、ここで満足して止まることは許されません。
さて、前回のコラムでは私のキャリアやタナベサンとの関係性などをざっとお話ししました。
今回は、現在のHonda F1プログラムに参加してからの話を中心に、現代のF1やF1エンジニアという仕事について、また、私がHondaについて感じていることをお話でできればと思っています。
インディカープロジェクトで一緒に戦っていたタナベサンのF1プログラムへの異動が2017年末に決まりました。彼に誘われるかたちで、私も18年シーズンが開幕してまもなく、Honda F1に加わることになりました。私の仕事は、まずサーキット(トラックサイド)でどのようにHondaがレースオペレーションを行っているのかを理解し、その中での改善点や改善方法を考えることでした。また、エンジン開発が私の本来のバックグラウンドであり強みでもあるので、Hondaのファクトリー側での開発にも携わらせてもらいました。したがって、大まかにトラックサイドの状況を元にファクトリー側で改良を行い、再度トラックサイドに持ち込むプロセスに関して、大きな視点で改善をしていくのが私の仕事でした。各プロセスを担当するエンジニアについても、開発を担当するPUエンジニアと、レースオペレーションを担当するPUエンジニアでは仕事内容が大きく異なっており、したがって全く別のスキルや考え方が必要とされます。でも、チームとしてその双方をうまく融合させることが、プロジェクトの成功に向けた1つのカギになるのです。
Toro Rossoのメンバーはすごくいい人たちばかりで、一緒に仕事をするのは本当に楽しかったです。ホスピタリティーでの食事の際に耳を澄ませば、英語、日本語、イタリア語、そして僕のアメリカ英語など、いくつもの言葉が飛び交っています。異文化が混ざり合う環境に身を置くのはおもしろいですよね。
ただ、なにより強く感じたのは、彼らの「苦境にあるHondaを助けたい」というまっすぐな想いでした。例えば、私たちが何か新しいことをテストしてみたいというときに、彼らは絶対にノーとは言いませんでした。そこに大きなリスクがあったり、彼らのプログラムを阻害したりするようなときでも、「それやってみようよ」と言ってくれたのです。
間違いなく、Toro Rosso抜きでは、今日のHonda F1の進歩はありえませんでした。彼らのいつでも前向きな明るい雰囲気と、オープンで協力的な姿勢が2018年からのHonda PUの飛躍的な性能向上につながったのです。
今年からは私はRed Bull担当のチーフエンジニアとなり、役割も変わりました。昨年は開発側も含めて少し大きな視点、広い視野のもとでプロジェクトとしてどんな改善ができるのかを考えていましたが、今年からはHonda F1が行っている、レースオペレーションのすべてを詳細まで理解しないといけないと考えています。
意外かもしれませんが、現代F1のパワーユニットと言う非常に複雑な機構の下で行うレース時のオペレーションについて、すべてを理解している人はHondaの中でもあまり多くありません。これはHondaのみでなく、おそらく他メーカーでも同様ではないかと思いますが、制御の方法や監視すべきデータが多岐に渡っているため、かつてのように少人数ですべてを管理することが非常に難しくなっています。一般的なレースエンジンは内燃機関(ICE)という一つの機構(コンポーネント)のみで成り立っている一方、現代のF1のPUはICE、MGU-H、MGU-K、バッテリー(ES)など複数のコンポーネントが存在し、それらが一体となって機能しています。そのため、コンポーネントごとに理解しなければいけない事象やデータの量は気が遠くなるほどのもので、それぞれに専門のエンジニアがついています。それらのコンポーネントが協調してPUとしてベストなパフォーマンスを出すために、非常に複雑で精緻な数理最適化を基にして制御を行っています。
もしも「レース時のF1エンジニアとはどんな職業か?」と聞かれたら、私は恐らく「レース屋さんというよりも、NASAのロケットエンジニアに近い」と答えると思います。
シャシー、PUともに各分野のスペシャリストがこまかく役割分担され、それぞれ非常に複雑でパズルのような専門領域をカバーしています。そして、それがピラミッド型組織として機能しています。各自の監視項目に関する情報は、きわめて効率的かつ機能的にマネージャーに伝達され、それが意思決定者まで伝わると、すぐに判断が下される仕組みです。例えば、「システムA準備完了」、「システムB準備完了」、「システムCの一部に異常確認」となったときは、システムCのエンジニアがマネージャーに伝達。そのマネージャーはさらに上位者に伝達し、そこで意思決定がなされるといった具合で、本当にロケット打ち上げ時のオペレーションみたいなものなのです。おそらくテレビでF1マシンが走っているのを見ているだけでは、その瞬間に裏側でどれだけの作業が行われているか分からないですよね。1つのコーナー、1つのストレートといった区切りで、ものすごく複雑で精緻なオペレーションにより成り立っているのです。
ここで少し話を変えて、「レース界でのHonda」と言うことに目を移してみたいと思います。個人的にはレース界でのHondaは非常にユニークな存在だなと感じています。まず一番に言えるのは、Hondaは「お金のためにレースをしていない」ということです。当たり前に聞こえるかもしれませんが、ほかのF1チームやレース業界を見てみると、メンバーもチームそのものも、お金や地位のためにレースをしている人たちがたくさんいます。
一方で、宣伝トークでも何でもなく、Hondaは「レースのためにレースをしている」と感じます。「レースを通じて人と技術を育てる」ことを一つの目的として掲げ、量産プロジェクトに関わっていたエンジニアがF1を担当し、そこで得た知見や経験やスキルを再び量産担当として還元するという仕組みも非常にユニークです。そういったこともあり、レースに対しては非常にピュアで真摯な姿勢で取り組んでいます。
Hondaについて私が大好きなのは、地位や名声、経済的なメリットを得るための政治的な駆け引きが裏で行われることがなく、全員がただ純粋に「勝つため」に、日々努力し続けているところです。昇進やキャリア形成といったことではなく「どうやったら自分の手でより速いPUが作れるか」ということに全員がフォーカスしています。そのような姿勢を続けていれば、今の勢力図をひっくり返してしまうくらいの力が生み出されると信じていますし、私は、その瞬間を見てみたいのです。Hondaが最後にそのような状態になったのは、私の知る限り1996年のインディカー・シリーズだったと思っています。あのころの勢いは本当にすごいものでした。Hondaがシリーズを席巻し、あまりのパワーにインディカーに関わるすべての人たちがHondaのことを恐れていたのです。
Hondaが一度勢いを得たとき、どれだけのパワーを発揮するのか、今の人たちは想像もつかないと思います。
でも、私は現在のHonda F1は正しい方向に向かっていると考えていますし、このまま進めばいつかみんなを驚かせることができると信じています。
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