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Behind the Scenes of Honda F1 -ピット裏から見る景色- Vol.07

スピードと正確さが高い次元で求められるF1の世界。IT担当のエンジニアにとっても同じことですが、F1独特の苦難もあったようです。

F1のIT担当とは?

はじめまして。Honda F1でIT業務を担当している中村です。いきなりですが皆さん、「ん?F1チームにIT担当?」とか思っていませんか?そうです。F1チームにもIT担当がいて、レースに参加しています。

F1チームと言うとドライバーやタイヤ交換をするメカニック、それに画面に向かってデータと格闘するエンジニアなんかが思い浮かぶかもしれませんが、通常のオフィスなどと同様にちゃんとIT担当がいます。むしろ、データ戦争とも言われ、走行に関連するありとあらゆる情報が瞬時に飛び交う現代F1では、ITは欠かせないピースの一つだと自負しながら仕事に臨んでいます。ある意味通信が命の世界ですので、チームにはITや通信系のスポンサーさんも多いです。
そんな最先端の技術を元に最高の速さを競うF1では、ITの仕事もオフィス向けや工場向けの業務とは異なる形態をとります。一言であらわせば、ITにおいても「タフな環境下で極めて高いスピードと正確さが求められる」といったところでしょうか。

「興味がなかった」F1の世界

フワッとした話でよく分からないと思うので、もう少し掘り下げていきましょう。そもそも私は、F1の担当になる前は新しい機械を各工場で立ち上げるために使用されるシステムの開発や運用を担当していました。具体的には、量産車の図面を各工場に配信したり、それを3Dで検証するようにしたりといったものです。IT分野では普通ですが、多くの同僚や外部のサプライヤーさんなどと協力しながら進めるプロジェクトで、「テスト環境」という実際のオペレーションと同じものを用意しながら、多くのテストを重ねて入念に準備していくものです。時間軸で言えば企画から、開発、リリースまでにプロジェクト期間は数年にわたることもあります。

そんなところからF1担当に異動となりました。Hondaの社員だから当然F1に関わることが夢だっただろうと思われるかもしれませんが、僕の場合はそんなことは全くそんなことはなかったです(笑)。 むしろ大して興味もなかったですし、ルールも全くよく分かっていない(笑)。ただ、もともと一緒に働いていた同僚がF1担当としていろいろな課題を抱えていると聞いていたので、何とか自分が力になりたいという思いはありました。なので、着任時から大きなやりがいを感じていたことは事実です。

こんなに過酷な職場はない

実際にトラックサイドやファクトリーで仕事をしてみてまず思ったことは、「こんなに過酷な職場は他にはない」と言うことです。プレッシャーが大きい上に勤務時間も長い。拠点がある日本や英国と時差がある環境で、頼れるのは自分だけと言う状況もある。これは僕個人の印象ですが、世界中にあるさまざまなHondaの職場の中で、F1は仕事の質も量も一番なのではと思っています。

ここからは、F1での僕の業務とそのチャレンジについて説明しましょう。F1で我々が使用するデータはサーキット内のみでなく、日本や英国、それにイタリアにあるHonda、Red Bull、Toro Rossoの拠点にそれぞれタイムリーにつながっています。今の僕の仕事は主に、HondaのトラックサイドエンジニアたちがトラブルなくサーキットでシステムやPCを使用できる環境を維持することです。そこだけ聞くと、普通のオフィスなどに存在するIT担当と一緒ですよね。そんな中でも、F1独特のチャレンジは主に2点あると思っています。

まず一つ目は「職場が2週間ごとに世界中を移動する」というF1独特の環境ですね。普通のオフィスでは、大抵システムで使用するデータが入る「サーバー」が「サーバールーム」に置かれています。サーバーは超精密機器ですので、振動や環境変化、電源のON/OFFにも弱いです。なので普通、サーバールームは温度・湿度が一定に保たれた防塵の環境下で、24時間稼動しています。何もない大きな部屋にひたすらサーバーという箱が並んでいるという無機質かつクリーンな環境で、なんとなく人がいない図書館みたいなイメージでしょうか。

一方のF1ですが、即時にデータ処理が必要となるその特性上、サーバーを離れたところに置く運用ができないため、毎回サーバーをサーキットに持ち込むことになります。これはどのチームも同じで、サーキットまで輸送して毎回電源をオンにして立ち上げます。輸送はトレーラーで行われることも多いので、サーキットに着くまでに多くの振動を受ける可能性があります。また、サーバーが置かれるサーキットも、中東の砂漠のように高温で空気中に砂が舞っていたり、ハンガリーのようにエアコンがなかったりと、生まれたての小鳥のように繊細でか弱いサーバーにとっては過酷な環境が多々あります。今回のカナダも外気温が30℃を越えて暑かったですが、普通のIT領域でこのような環境下で作業をすることは結構まれなはずです。それに加えて、僕にはエンジニアから、「止メタラコロス」という無言のプレッシャーが常にかかってきますからね。彼らからすると、必死で準備を進めてきたことが、PCのトラブル一つでマシンが止まってすべてがパーになるなどということは許されませんから、それも当然ですが。彼らも僕も、本当に必死です。

ぶっつけ本番に備えた準備

もう一つのチャレンジは、準備期間にあります。今年からのRed Bullとの提携により、彼らが使用しているシステムとHondaのシステムをつなげる作業が新たに必要になりました。発表されたのが昨年6月、そして今年の2月にはPUをマシンにつなげてのファイアアップ(エンジン点火)やウインターテストというイベントがあったので、それまでにIT環境も完ぺきにする必要がありました。上で話したとおり、通常ITのプロジェクトは数年がかりで、「テスト環境」という複製のシステムを運用しながらテストを繰り返します。一方で今回は約半年。そしてサーバーの状況も先ほどのように特殊な状況ですので、「テスト環境」というものはなく、まさにぶっつけ本番のような状況でシーズンに臨まなければなりませんでした。もちろん、できる限りの準備をしましたので、昨年末あたりからは英国にあるRed Bullのファクトリーで合宿状態。Red BullのITメンバーやエンジニアと確認を進めてきました。

テスト環境がないことにより、実際の運用段階でもいくつかイレギュラーが出てくるのですが、それを今は僕がサーキットでつぶしている形です。ただ、もう安定してきているので、僕のサーキットでの出番も少なくなるかもしれませんが、それもちょっと寂しいなと感じています。仕事はたいへんですが、エンジニアはもはや同志のような存在ですし、なによりF1で訪れる国と町は本当に素敵なところばかりです。モントリオールでも予選の後の夜に食事に行って町全体がF1を楽しんでいるような、まるでお祭りのような雰囲気にびっくりしました。レースをスポーツ文化として大切にされているなと実感します。日本はまだまだのような気がします。今のところ、レースを純粋に楽しむ観客の立場になるのは難しいのですが、いつか自分の大切な人を連れて、一緒にレースを観戦しに行きたいと思っています。

ITも次のステップへ

先ほど、F1には興味がなかったと書きましたが、今はとても強い愛着を持っています。この仕事の醍醐味は、何と言ってもこのスピード感と緊張感、そして自分の仕事がすぐに結果になって見えてくることだと思っています。普段のITの仕事と異なり、一人で多くのことを担当し、すぐそこにエンドユーザーがいてフィードバックを得られるので、怖さと同時に楽しさを感じています。ITはどの世界でも動いて当たり前、止まったら怒られるというのが常ですので、その難しさとフラストレーションは同じ職種の人たちならみんな感じているかもしれません。それだけに、開幕戦が終わった後に若いエンジニアから「システムが使いやすくなってすごくよかった」と言ってもらえた時は本当にうれしかったですね。普段は「止メタラコロス」の彼らですから、なおさらです。あとは、自分の知人や家族もレース結果を気にするようになり、僕の仕事に興味を持ってくれていることもうれしい変化です。

今後についてですが、今は一通り安定した運用ができてきているので、これからはもう少し違う形でレースに貢献できないかなどとも考えています。具体的には、僕はシステム屋ですので、AIやビッグデータなんかを使って、エンジニアの分析作業をさらに助けるようなシステムを構築できないかということです。AIの思考プロセスはブラックボックスになりがちなので、計算結果の成否を判断しにくかったり、多くのラーニングが必要になったりというところが課題ですね。
世界最高峰の舞台で、チームメンバーの一人として戦えていることに誇りを持っていますし、ITの力でもっとマシンを速くすることに貢献できたら、そんなにうれしいことはないですね。

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