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黄色い歯

もう一日が終わろうかとして、いや終えたとして寝床に入る段になって書き始める。このままでは終われない、何もしていない書いていないと駄々をこねる子供のように悪あがきをする。もう命が終わる時に、ああこれから死ぬのだとなって一生分の後悔に押しつぶされ嫌だ!と叫んでいる。病院ではもう死ぬであろうお爺さんが死にたくないと泣き喚くことがあるらしい。自分の時間を生きずにもうそれがほとんど残されていないと知ってそれがどうしようもないと知っていてでも諦めはつかない。諦めがつく人は一体どれだけいる。わたしは泣かずに泣き言一つ言わずに静かに目を閉じられるだろうか。たった一日だって自分でけりをつけられない人間が。ああ満足だと感じたのはいつだろう。湯船につかりハァと一息ついて安堵したのはどれだけ前のことだろう。やってもいないことに、やっていないからこそ押し潰されて呻く間もなく時間に、日の終わりに潰される。ペラペラになったわたしは一雫の水分まで搾り出され地面にぺたりと張り付いて晴れ渡る青空をただ眺めている、眺めることしかできない。風が吹いてもふわりとも微動だにもせずにぺたんこのまま、ずっとそこにいる。

前歯の真裏を火傷した。火傷した、というのは間違っているのか、火傷を負った、怪我をしたというから間違っていないのか、とにかくそこの皮膚がただれて薄皮がぺろっとめくれた。オーブンから取り出したばかりのカボチャをそのまま齧ったのだ、何かに腹を立てていて、喧嘩をした直後だった、怒りで、怒りかイライラで頭がいっぱいで、熱いだとか考えもせず、程よく柔らかくなったか齧って確かめた。熱いと思ったのは数秒してからで、熱いと思う前に痛みでもない、もちろん痛いのだがそれも少し後だ、なにか強い刺激だと伝える感覚がまずあった。火傷したのだと理解して舌で触れると焼けた皮が、皮というのか口の中は内臓みたいだ、薄くめくれていた。バカなことをしたと思ったのは刺激と痛みと熱いの後しばらくしてからだ。固いものが齧れなくなった。熱いものも飲めない、飲むし齧るが痛い、痛いから齧ったり飲んだりは口の隅の方からだ。歯磨きのたびに忘れるから何度か歯ブラシで治りかけの皮を剥いでしまった。その度に血が出てきた。バカなことをしたとその度に思った。恐る恐る歯ブラシで磨いてみた、血も出ないし痛くないし違和感もない。磨いたのはたった今で火傷はたしか一週間ほど前だ、もっとかもしれない。舌で火傷の跡を、跡形もなく治っているが、見てはいないから治ってはいるだろうが、口蓋のそこだけ幾分かザラついているだけだ。つなぎめもなければ色もきっと同じだ。わたしはわたしをこんなに綺麗に治す力があるのだ。前歯の裏だけ新しい、他の部分だって少しずつ新しくなっている、口内を確認するように舌で触れる。痰が喉に絡み、苦しくなった、タバコの吸いすぎだ。左の上、3、4番目あたりの歯に小さく穴があり、おそらく虫歯だ、冷たい水でも熱いものでもしみる。しつこく磨くようにしたらずいぶんマシになった、駅に隣接した歯医者で、ひどいヤブだ、何本も歯を削られた、前歯の上、歯茎近くまで削られて詰め物が取れ溝ができている。いま虫歯になったのも詰め物のとれた穴からだ。コンビニよりも多い歯医者は当たり外れなんてものじゃない、どんな歯医者だって開業している。人に勧められ考えもなく行った、そのわたしが悪い、おすすめをなんでも聞いてはいけない、素直になんでも聞いてしまう、しまっていた。バカなことをしたと何度も思った、舌で虫歯の穴を、前歯の溝をさする度に思う、これからも思うだろう死ぬか歯がなくなるまで、どちらが先かわからない、その前に歯のことなど忘れるかもしれない、わたしがわたしを忘れるかもしれない。ヤニで黄色くなった歯を、もうずいぶん吸ったし何故か他の喫煙者に比べても黄色かった、白くした。歯医者は好きではないし、好きな人はいるのか、いるだろう何にでも好きな人はいる、そんなことで歯医者に行きたくないし、歯を白くしたいとも思ったことがなかったが、これも人に勧められて白くした。薬局で買えるホワイトニングだかなんだかで、液体を塗ってセロハンみたいなテープで歯を包む。髪を染めるみたいだ。髪を染めたのなんてずいぶん前だ、十年は経つか、タバコを吸い出したのはもっと前だ。バカなことをしたなとは思わない。バカだったなとは思う。バカだった。バカみたいだったと静かに目は閉じれない、いやだいやだまだもっともう少し、まだだー!と叫んで走り出したくても走れない、もう満足に歩けもしない、歩いて走り回って自転車にだって乗れたのに、わたしはそのままなのに、わたしなのになんで、走れないもう終わりか、聞いてない、こんな、いきなり、まだ

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