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ショートショート ビールと恵方巻きと失恋と。

「節分の豆って美味しくないよね」
由香はそう言いながら恵方巻きを加える。
恵方も向いていないし、無言でもない。
その事を問いただすと、由香は「良いの良いの」と豪快に笑う。
「恵方巻きって美味しいよね」
スーパーで半額になっていたやつ。毎年恵方巻きが余っているのを見ると胸が痛くなる。
消費者は棚に陳列されていないと文句を言うくせに、廃棄が出ると勿体ないと叫び出す。
店側だってピッタリに出来るなら、そうしたいだろうに。また胸が痛くなる。
「で、彼はどうなったの?」
私は由香が恵方巻きを飲み込んだタイミングを見計らって聞く。
6歳児の彼。2月29日生まれは4年に1度しか歳を取らない。
「それが、聞いてよ」
由香は思い出したように喚く。テンションが上がった時の彼女はとびきり可愛い。
「その話長い?」
私は一応確認する。どうせ長い。
「しつこいから、渋々会う日程決めたのにさ。」
由香は口を尖らせる。
こういう時、由香は嫌なら絶対に断る。断らないって事は。
喉から声が出かけたが、飲み込み聞き役に徹する。
由香は話を続ける。
彼から連絡が来て、「彼女が出来たからゴメン」と断られたそうだ。
「なんで私がフラれたみたいになってん」
由香がもう一本の恵方巻きに齧りつく。
「それ私の…」
あ、ゴメン。と由香はお皿にかじりかけの恵方巻きを戻した。
「自分の世界しか見えてないよね」
私が相槌を打つ。想像力が足りてない。
「さすが6歳児。」
由香はそう言うと、缶ビールを飲み干した。

ここまで読んでくれてありがとうございます。
以前に投稿した
「甘すぎるケーキと夜に」の続編です。
そっちも読んでもらえたら嬉しいです。

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