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ショートショート 再開の夢音。


 大学の廊下だった。
 彼女の姿を目にする。視界から音も色も消えた。
 何事もなかったように、授業どこ?と聞いてくる彼女に、我を取り戻す。本当にこの街に戻ってきたんだ。現実味に欠けた。
「再会の言葉とかないわけ?」
 なるべく戯れるように言った。早く空白を埋めたかっし、そうするべきだと思った。素直に喜びを伝えられる人間で在りたかったが、感情を表現する事は苦手だった。
「久しぶり」
 と投げやりな彼女は、垢抜けていた。なんでもない事実に胸が少し痛んだが、無視を決め込む。
 授業の場所を聞かれていた事を思い出し、情報科学と手短に答えた。
 彼女は、私も、と言い「席取っておけ、トイレ行く」と僕にノートパソコン用の鞄を預け、人混みへと消えていった。
 嵐を呆然と見送る僕を見ていた友人が、誰?と茶化してきたので、友達とだけ答える。残念ながら、事実だった。

 しつこい友人を振り払い、どうにか確保した席は、センスないと一蹴された。コンセントがない事がお気に召さないらしい。折角取ったのに、と不貞腐れてみるが、実際に僕も不便を感じていたので素直に謝る。
「何も成長してませんな」
 と呆れる彼女は少し欠伸をした。

 講義は、退屈そのものだったで、ちらほらと抜け出す学生や隠れてゲームをやる学生が見受けられた。教壇に立つ教授の気持ちを想像し同情するが、彼女は違った。
「お金もらっている以上、良い授業をする義務がある!」と言いながら携帯を弄る彼女を、僕は何故か誇らしく思った。彼女はいつでも正しかった。
「暇。マック行くしない?」
 という彼女の提案に、二つ返事で承諾した。我ながら現金だな、と心の中で教授に謝っておく。
 彼女はいつでも正しかったが、僕の意見が曲がるわけではなかった。

 その後、単位はしっかり落とした。その日に授業内レポートがあったらしい。舌打ちをしそうになる。
 彼女は何故か単位を取得していた。文句を言う僕に、ドンマイと笑う彼女は、笑った。どんな裏技を使ったんだ、と問いただしてみた。
「日頃の行い」
 と言われたので妙に納得する。彼女は誰にでも明るく振る舞うし、氷が残った容器をそのままゴミ箱に捨てることはしない。ご飯粒だって1粒も残さなかった。
 僕はため息をつく。

後藤はまだ来ない。

その間の焦燥も嫌いにはなれなかった。

またあの日の夢を見る。

~後藤を待ちながら~  より。

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