ここは日本の南仏で、すでにアルルの黄色い家
上野にてロンドン・ナショナル・ギャラリー展を観覧しました。
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英国人は世界一の収集家だそうで、どこへ訪れてもミュージアムのコレクションがたいへん充実している国でもある。
そんな島国出身で有名な画家といえばターナーがいるものの、今回の目玉であるゴッホもフェルメールも大陸出身だなぁと思っていたら、どうにもナショナルギャラリー側に複雑な動機があるらしい。
19世紀の館長たちの功績には芽を見張るものがあった。
すなわち3人の館長が関心を示さなかったフランス美術を除けば、西洋絵画の奥の深さを十全に理解することのできる唯一無二のナショナル・コレクションが作り上げられたのであった。
『ロンドン・ナショナル・ギャラリーにおける西洋絵画収集』スザンナ・エイヴリー・クオッシュ(MASTERPIECES FROM THE NATIONAL GALLERY-LONDON,2020,p15)
…………やはり仏蘭西嫌いかね。
歴史と事情については、展覧会の図録に詳しく掲載されています。読み物として濃密です。そういうの好きなひとはたまらないと思う。巨大な絵画に圧倒され、ホクホクしながら図録を手にし、さまざまなことを考えたのでした。
問い:なぜ作品と作品は平等ではないのか。
有名ではなくても誰かにとって特別な絵になることはある。このたびの特別展は、自分にとっては知らない画家の息吹と出会う幸福に恵まれた機会だった。
ルカ・ジョルダーノの『ベラスケス礼賛』、ムリーリョの『窓枠に身を乗り出した農民の少年』の二枚は、もし自分が大富豪だったら、大声で値段を釣り上げて死蔵した可能性が大いにある。……危ない絵だった。
詰まるところ、ゴッホの『ひまわり』とゴーギャンの『花瓶の花』の扱いの差につい愕然とした。向日葵を「つねに太陽を追う忠誠の花」「ゴッホとゴーギャンの友情の象徴」と言祝ぎつつ、肝心のゴーギャンの作品の扱いが弱い…と嘆いてしまったのだ…。
が、国立西洋美術館はやってくれた。
2020年某月某日、ある展示室にゴッホとゴーギャンが並んでいたのである!!
特別展ではなく、常設展のほうで。
思わず三度見した。そう、漂白されていない事実はたったいま目前にある…。
こじつけるのが得意な人間の目の前で、ゴッホの静物画とゴーギャンの風景画がとなりあって並んでいたら、それはもう突如として1888年の南仏へのタイムトラベルが始まる瞬間なのだ。
1888年、ゴッホとゴーギャンはアルルで共同生活を始めた。互いに別々の目的と思惑があったとして、ふたりがいっときカンバスを並べたことは確かである。目撃した対象を描くゴッホと、想像上の風景を描くゴーギャンは、まるきり異なるタイプの画家だ。
ゴッホがゴーギャンの部屋を装飾するために描いた向日葵を見た。同じ建物のなかで、ばらの花とブルターニュの風景を連作としてみる。
プレートには製作年と作者の名が掲げられていた。
それを眺めているのは日本人の自分だ。
そういえば浮世絵の影響を受けていたゴッホにとってのユートピアには日本という地名がついていて、つまりここはいうなれば理想郷のほとりで……ゴーギャンがアルルに訪れたのは1888年10月のことだから……偶然にも芸術の秋とやらで……二ヶ月後のふたりに悲しい別れが待つことは歴史的事実だけど……。
展示室には、1888年を超えたゴッホの絵と、1889年のゴーギャンの絵が同時に存在していた。まるで幸福な黄色い部屋のように。
そんなことがあっていいのか。あったのだ。奇跡かもしれないことが、まさしく起きていたのだ。
画家と同時代を生きてはいなくとも、文化的背景を共有してはおらずとも、立会人として出会うことはできる。なぜなら、作品が時間と距離を超えるから。
境界を飛び越えてきた彼らが好きだ。
因縁か運命か、はたまた誰かのいたずらか、人から人へと伝わるものたち。
渡り歩いたあとに、ついの棲家になるかもしれない場所で、優雅にくつろいでいるまるで名優のような二枚の絵画。
こうべを垂れて恭しく一礼をしたいところだというのに、残念ながらあらゆる知識と経験の相乗効果で泣けてくる。感情と理性は基本的には敵対関係にあるくせに、たまに手にと手をとって思い切りパンチしてくるものだ。
ちょっとキツめに喰らった結果、出血多量で倒れそうになっただけ。
自分がしっかり降参できたのは、偉大なる先達者たちのおかげです。収集家に学芸員に研究者に主催者に、たとえそうではないとしても誰かに伝えた受容者たち、ここまでリレーをつないでくれたすべてのひと……歴史……人類……文明……もう「地球」でいいか。地球にしておこう。
ルイス・キャロルの言うところの何でもない日、ハッピー・アンバースデーは今日もそこかしこで起きていて、それはまれに晴れの日だったりする。
だからまだしばらく人類滅亡とかしなくていいよ。そんなことしたら幾万もの至宝が失われてしまうでしょうが。
こちらは文献ではないけど、参考音声。
ある画家が別の画家にむけた重苦しい感情について知りたい人におすすめ。
「ゴーギャンがやってきた!」の章は必聴。