モテない女は罪である
女が恋愛に必死すぎるとロクな事にならない。これは誰かに言われたのではなくて、20歳のとき、私が必死になればなるほど、世の中から返された答えだ。
歴としたアラサーの年齢になり、友達の半分くらいが結婚しただろうか。丸くなるとは、落ち着くってのはこういう感じか。自分の体温とちょうど同じ温度のお風呂に浸かっているみたい。飲み放題の2時間いっぱい恋愛相談をすることはなくなった。彼氏や夫の愚痴はユーモアと謙遜にコーティングされて出てきて、「そういう人が一番良いよ」で締め。すっと卓から下げられる。
最後に恋愛相談をされたのは、たぶん新宿ゴールデン街のバーだった。初対面で私のショートヘアを褒めてくれて、自分の髪はトリートメントにロング料金がかかるのだと笑っていた4歳上の女の子。
「好きな人に浦安鉄筋家族のスタンプを送ったら、相手も同じものを買って送ってきたんだけど、脈アリかな?」
真剣に相談に乗ろうとしたけど、深夜2時に高そうなネイルを見つめながら浦安鉄筋家族を連呼するので、店員さんを巻き込みみんなで大笑いしてしまった。あのときは笑っちゃってごめんね。
スタンプひとつで恋愛相談をもちかけてくれる子はもういない。私はもう結婚していて、恋愛に一生懸命になる仲間には入れない。何を言っても外野の綺麗事だ。安全圏から投げられるおキレイなアドバイスなんてお呼びじゃない。私がされて一番嫌だったことだ。一番嫌いなアドバイスだ。最後に悲しくて泣いたのはいつだったか思い出せませんみたいな顔色良い人たちからの、「あまり女側から追いかけちゃだめだよ」「他に楽しいことを見つけなよ」「アンタのことなんてどうでもいいって感じに振る舞えば良いんだよ」
こんなことを言われるくらいに、無様に恋愛をしたことがあった。当時私は東武東上線を使っていて、この線はよく止まる。ある日池袋駅のルミネ側から乗り込むと、もう何十分も待たされた乗客たちのイライラが車内に充満していた。仲間に大声で愚痴を吐き続けるおじさん「柳瀬川の事故なら川越は関係ないだろ!川越まで行けば良いのに、なあ!」愚痴を言われた人は、周りの怒りの矛先が自分達に向けられつつあることを察してか、目立ちたくなさそうに曖昧に笑った。おじさんの文句はとまらない。近くに座っていたサラリーマンの男性がしびれを切らし、「柳瀬川の事故じゃ川越まで行けねえよ」。おじさんは下を向いて「行ける!」と大きな声を出したきり、静かになった。
電車で大声を出したりはしないけど、おじさんと私は似たもの同士だった。自分の気持ちを処理できなくて周りが見えなくなるところと、正論を受け入れられないところ。私たちって人生の99%は常識人として生きてるから、1%を見てヤバい奴だと思わないで欲しいよね。
おじさんの暴走にブレーキをかけたのは、柳瀬川は川越の手前だって教えてあげたサラリーマン。私にとっての天の声は、山田玲司の『モテない女は罪である』って漫画だ。(今回の引用元はkindle版。初出は2014年のcakeの連載)
このお話は、女捜査官モリーと謎の女たらしナイルの2人の対話で進む。登場人物はほぼこの2人で、『嫌われる勇気』的にスラスラ読める。本編に入る前に「男だからこそ描ける女がモテるための話である…」と銘打っているのだけど、まさにそうで、女同士で相談してたら一生気づけなかったような話がぎっしり詰まっている。
当時ハタチの私に一番刺さったのは『心の荷物』というワード。ナイル曰く、心の荷物とはねたみやコンプレックス、トラウマ。「どうせ僕なんてつまんないヤツですよ…」「あたしなんてもうおばさんでよよぉ」なんて台詞はまさにそうで、「もっとほめて!!私の闇をうめて!!ありのままでいいって言って!!」と自分の心の荷物を相手に持たせようとしている。
『心の荷物』を彼氏に背負ってほしい、心の闇を埋めてほしい。恥ずかしいのだけど、私は当時彼氏ってそういうのまるッと受け入れてくれる存在だと思っていた節がある。そして私の心の荷物は当時特大に大きかった。
今思えばよくある話だけど、都会生活に慣れなかった。都会にはエレベーターしかない。上に上に行くか、下に下に行くか。自分で選べることもあるし、そうじゃないこともある。行き先を間違えた時の居づらさや場違い感、値踏みの目線を、18歳で初めて知った。
それまで上も下もなくみんな一律同じ地面で生きてきた田舎娘のアイデンティティは簡単に崩れて、自分だけおかしな歩き方をしているような、みんなが共有しているルールを私だけ聞かされていないような。自信のあるふりをしながら、心の下から30%くらいがいつも不安で満たされていた。
状況から2年、足がぎりぎりつかない海をずっと立ち泳ぎしていた。大学生にはよくある、ごく自然な流れでてきた彼氏を、ようやく足をつけられる岸だと勘違いした。つき合いましょうと一言交わしたら、背負ってきた全部を相手の肩に渡して良いのだと思ってた。ひどい女だ。
けど、あのときの私と同じ人って結構いるんじゃなうかと思う。男女だろうとなんだろうと、人と人は、思いやりと気持ちの確認と礼儀がベースだ。なのに自分の『心の荷物』が重くなりすぎて、早く下ろしたくて、全部聞いて肯定してほしくて。
ちょうど良いタイミングで現れた相手を「遂に現れた救済者」に仕立て上げる。
君にどんなストーリーがあったとしても、心の荷物がどれだけ重くても、押し付けようとしている相手にとっては何の義理もない他人の荷物だ。
「いったん恋愛から離れて落ち着いた方が良いよ」「そういうの、長続きしないよ」なんて言っても、ガチガチに論理武装した君は「私たちにしか分からないことがあるの!」とますます頑なになる。
恋愛の悩みって本人にとっては誇張なしで死活問題なのに、面白おかしくゴシップにされて辛かっただろう。夢中にやり込むしか攻略方法を知らない君は、足掻けば足掻くほど負けるこのダンジョンと相性が悪かった。
「この気持ちは自分にしか分からない」と思っているだろうけど、実はそれ腐るほどよくある恋愛だよ。
結局、女友達の献身的な支援(アイスとチューハイ)と山田玲司の漫画のおかげで、ある日憑き物が落ちたように冷静になった。この漫画を読んでから恋愛で泣いたり醜態を晒すことはなくなったし、思い通りにならないことも少なかった。
「既婚者がしてくる恋愛のアドバイスって綺麗事だよな」と思っていた当時の自分は聞く耳を持たないだろうけど、やっぱりこの漫画は紹介しておかないと気が済まない。
良い歳して恋愛のnoteを書く気恥ずかしさついでに、「痛い目を見たけど、やっぱりもっと恋愛したいな」と思わせてくれたナイルのセリフを引用して終わり。