【短編】中華料理屋の半チャーハンが人気の秘密


日曜日の午後1:15。今日もある店に向かうために男は準備をする。朝食は食べない。日曜日の恒例行事になっている。

男はある中華料理屋の常連になっていた。常連と言っても、店主と和気藹々に世間話をする間柄ではない。別に店主のことが好きでお店にいくわけでもないし、ただそこの半チャーハンの虜になっただけだ。この半チャーハンはただ美味しいだけでなく中毒性があるのだ。絶対何か入っている。

店主とは、

「いらっしゃい」「おまち」「頂きます」「ごちそうさま」「ありがとう」

だけの間柄だ。

店主は職人気質なのか、いつも無愛想にカウンターの前に立っている。こちらが少し緊張するくらいだ。

店に通い続けてかれこれ3ヶ月程度。男は半チャーハンが美味しい理由について今日こそは聞こうとしていた。それは先々週辺りから聞こうとする努力をしていたのだが、なんせ岩のような店主だ。どのように話しかけていいのか分からず、いつも見送っていた。

今回は頭の中でシュミレーションを何回も行った。

まずはタイミング。昼の行列が落ち着いて、お客も少なくなってきた時が話しやすい。昼の営業は2:00までなので1:40にお店に入る。それからカウンターに座り、醤油ラーメン半チャーハンと言う。店主が「おまち」と出してくるが、これは最良なタイミングではない。少し食べて様子を伺う。店主が手が空いて、新聞を読み始める時がタイミングだ。その時に「ビールももらって良いですか?」これが先制攻撃。

おそらく「はいよ」とくる。その隙を見逃さない。そこで「半チャーハン美味しいですね。美味しさの秘密はなんですか?」と聞く。

これが男の作戦だ。



午後1:40。暖簾をくぐり、戸を開ける。

「いらしゃい」

何かを炒めた独特の香りがこの店に来たのだと認識させられる。いつものように軽く会釈をして空いているカウンターに座る。店は客が帰ったあとのようで、テーブル席にはお皿がまだ残っていた。

作戦通りだ。

さて、いつものように「醤油ラーメン半チャーハン」を頼む。10分後、醤油ラーメンと半チャーハンが来た。

不思議なのだが、この店にはチャーハンだけのメニューはない。チャーハンを食べるには、醤油ラーメンを頼むしかない。なんてもったいないのだ。

正直、醤油ラーメンは普通だ。とりわけ美味しくもなく、まずくもない。

その時、男があることに気づいた。

2:00に閉まると言うことは、ビールなんて頼めるわけない。いち、社会人として無礼な行動だ。店の客は男だけになった。男は迷った。なんて声を掛けて良いのか分からなかった。店主は新聞を読んでいる。ビールは頼めない。水は元々ある。きっかけがない。

美人な女性に声をかけるよりも緊張する。それは店主だけでなく店全体にピリリとした沈黙が流る。そんな中、TVではアタックチャンスと司会者が力を込めて叫んでいた。

その時、

「近藤さん、もう上がって良いよ」

と言う声が聞こえた。


店主は立ち上がって新聞をたたみ、厨房に入っていった。代わりに奥からギャル系の女が入ってきた。

男は一瞬パニックになった。

「すみません、2:00閉店なので先にお会計お願いして良いですか?」

「は、はぁ」

「890円です。」

男は半チャーハンの秘密なんかどうでもよくなった。店主だと思っていたおやじは?このギャルは?様々な思考が頭をめぐる。

男は中華料理屋に通う理由がまた増えた。


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