蘭越に向けた助走①ー馬喰の社会史

 先日、とある人を介して、蘭越の人を紹介された。私が文化系の仕事や大学で非常勤講師をしているので、地元の小中高生と大学生との交流事業等をできないかという話だった。
 私自身が、一貫してやってきたこと。それは、これまで無自覚な部分が大きかったが、最近は自覚的に遂行するようになっている。それは、「一貫していない」ということ。目的を意識することなく出会ってみて、そこから事後的に物語を立ち上げることだ。
 これまで、まちづくりのコンサルや大学での研究は、目的を立ち上げ、特定の場所の研究を行ってきたが、いつしか目的の奴隷になっていき、自分自身も疲弊するし、疲弊しなくても差しさわりの無い報告書を外部から届けることで終わっていたように思えた。

 その意味で行くと、今回の蘭越との出会いは、多少仕事が絡むとは言え、何の脈略もないところからの話であり、それはそれで面白い。だから、ありていの交流事業に最初から落とし込むストーリーはよろしくないと思った。行ってみて、自分自身が面白いと思ったら関わってみる。そうでなかったら、「観光客」としてたまに行ってみる。そんな感じでいいのかもしれない。

 そんなことをつらつらと考えながら、無意識にCiNii(学術情報のデータベース)で「蘭越」を検索する自分がいた。

 すると、一つ面白い論文にヒットした。

 出典は「北海学園大学経済論集」(私の非常勤先)となっており、発行年も2023年と新しい。著者はどんな先生なのか調べてみると、なんと73歳で博士号を取得した方の論文だった。

この記事には、下記のような記述がある。

 研究の原点は13歳の頃の記憶だ。農業を営む実家で父親が馬喰と取引する姿をよく見かけた。「馬を安く買いたたく詐欺師」との評判だったが、えたいの知れない仕事に引き付けられた。

「「馬喰(ばくろう)」テーマに博士号を取得した73歳 松浦努(まつうら・つとむ)さん」(北海道新聞)

 蘭越に俄然興味が湧く論文。「馬喰」をキーワードに、近代化と前近代の狭間で、馬喰と呼ばれる得体のしれない存在が、馬の流通経済を媒介してきた話。松浦の論文にはこんな記述がある。

私見ではあるが、「伯楽」としてまた「馬医」としての馬喰による判断に科学的根拠を持たせるために、その後、馬の良し悪しを鑑識する能力を持つ人間(伯楽としての馬喰)と、科学的医学的知識に基づいて活動する獣医師(馬医)との間に分業体制が形成されたことが、馬喰の悪質化の要因になっているのではないだろうか。

松浦努(2023)「北海道・蘭越町における馬喰(家畜商)の活動実態に関する流通経済学的考察」より引用

 文系(馬喰)と理系(馬医)を分けない、その境界線上に、必ずしも利潤だけを追求しない社会的存在としての馬喰が存在したのではないだろうか。それは、隣接するニセコが抱える現代の社会的な問題とも接続しうる。松浦の論文で、藤原辰史の『戦争と農業』や斎藤幸平に言及されていることが、その証左と言える。

 やっぱり、どの地域と出会っても、現代の普遍的な問題が根底にはある。だから、今回は「homeport」として丸腰で関わってみるのも面白いかもしれない。論文中では、現在蘭越町内唯一の馬産農家が、種付けのため森町で行ったエピソードの記述があるが、森町は、私が現在関わっている「こどもアール・ブリュット北海道みらい作品展」の来年度の移動展候補の場所だ。一見、何の脈絡もないように思えるかもしれない。しかし、私の中で確実に絡み合っている糸が見える。
 


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