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北大にて
ちょっと前こそ新聞では「3月並みの暖かさ」などの見出しで、札幌はどこも雪解けして、歩道も車道もすっかり露わになっていた。観光名所の時計台周辺では例年より二か月早くふきのとうの芽が顔を出したらしい。
それがここ二三日、帳尻を合わせようとしたのかどうか天気は荒れに荒れて、化粧直しみたいにあたり一面が真っ白、すっかりいつもの1月並みの寒さに舞い戻ってしまった。
このままの暖かさが続けば雪まつりも危ういと報道されていたのだけれど、もう心配はいらないだろう。ただ、こう一気にどかっと降るのは、毎年のことながら勘弁願いたいものである。
札幌駅は観光客であふれている。たいていが中国人――丸眼鏡でスポーツ刈りのお父さんと、タイトな服装で化粧をばっちりキメたお母さんと、お坊ちゃんお嬢ちゃん然とした子どもがトランクをいくつも引いて闊歩している人混み。まだ雪まつりは四日後だというのに今からこんなに人いきれでは、期間中の喧騒は想像もつかない。私は旅行者の間を縫うようにひとり早足に歩いて、札幌駅北口から外に出た。
通りを少し西に進むと、北大通りと俗に呼ばれる大きな道に出る。そこから北に数分歩くと、名前の由来である北海道大学の正門に行き当たる。
十七時を過ぎていた。外はもう薄暗い。点々と構内の街灯がきれいだ。私は大学を卒業してからしばらく経つので、十七時が何限目あたりの時間か忘れてしまった。大学生と思しき人たちがあたりを行きかう。みんな若々しくて、肩で風切っているように見えた。私は雪に足を取られないようゆっくりとうつむきがちに歩を進めた。転んで、唯一の荷物である手土産を汚してしまっては困る。正門から道なりに進む。右手には大きな中央図書館が、左手には中央ローン。ここは夏こそ芝生や木々の緑、そして小川の流れる学内外の人の憩いの空間なのだけど、冬にあってはただただ白く、立ち入る人もいない。
クラーク像のある場所にまで着くと、大学構内を南北に貫く長い大きな一本道、メインストリートと呼ばれる通りにぶつかる。1.2kmほどあり、そこから東西に各学部棟や学生食堂などへと枝分かれしているのだ。長いので、構内循環バスも走っている。
とはいえ私の目的地である人文・社会科学総合教育研究棟――通称・文系棟はメインストリートを北に少し進んだところですぐ着く。文、法、経済、教育学部の四つが一緒の建物に押し込められている。理学部とか工学部はそれぞれ別個でそれでいてバカでかい建物なのに文系だけぎゅっといっしょくたにされてひどい扱いだ。まあどこの大学もそんなものなのかもしれない。
正面の自動ドアを通って中に入る。暖房がきいていた。目当ての場所はここから3階に上がった場所の一教室。私は回り道しながら空き教室や、講義中で閉まっている扉を眺めていった。
何人か、学生とすれ違う。ともすればなんか小汚い中年がいるぞと通報されないか不安である。へえあたくしは無害な中年でございという風にひっそり建物内を見て回った。
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私の大学時代の数少ない友人が先生として、文学についての講演をするという。当人からも誘われたので顔を出すことにしたのだった。私の推しの研究者である。みんなも推し活、しよう!
案内の画像を見ると、入場受付は17:45から。まだ間があった。さすがにうろちょろしすぎても挙動不審なので、当会場のある3階の、小規模な休憩スペースのベンチにて時間を潰した。ソシャゲ「学園アイドルマスター」を開いてデイリーミッションをこなす。学問の聖域でいったい何をしてるんだ?
時間になったので受付に行く。先生がそこにいた。今日は彼の誕生日である。同じ30歳だ。ようこそ三十路へ。私は手土産にしていた六花亭の菓子(マルセイバターサンドという最高級においしいやつ)と、著者のサインの入った小説文庫本を渡した。
いざ教室に入る。主催者側はみんなスーツを着ていて、こんなフーテンみたいな格好でごめんなさいとなる。垢抜けた顔ぶれだ。私が大学生の頃は文学部生といえばこんな華やいだ雰囲気ではなく、女に縁のない弊衣破帽が常だった。もしかしたら私だけがそうだったのかもしれない。
先生の近くの席に座る。大学時代の講義はきまっていちばん後ろに座っていたものだ。しかし今日に限っては前の方でぜひ聴きたい。
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講義の始まるまでの30分、手持ち無沙汰である。まわりは仲間同士らしくわいわいと、内輪であったことや現代文学の話題が飛び交う。私はよくあるようにスマホをいじりながら聞き耳を立てるのに終止した。おじさんも混ぜておくれよ〜と話に行くのも恥ずかしい。
いざ講義が始まる。人入りは3割ほど。私たち聴衆の手元にはレジュメが配られている。レジュメだなんて卒業以来久しぶりに言った。なんだレジュメって。贅沢な名前だ。プリント。お前の名前はプリントです。
話を戻そう。題材は有島武郎という作家の未完の青春小説「星座」について。司会進行役の人が本日はお集まりいただき〜と進める。司会の人は学部2年らしい。若いなァーッ! おじさんには眩しいよ。講義の段取りを付けた北大文学理論研究会の会員の一人が始まりの挨拶。そうしてついに、先生が壇上に立った。
新鮮な、不思議な感じがした。いつも隣で会話していた友人の声を、こういう場所で聴くというのは。パワーポイントを使って粛々と講義は進む。有島武郎「星座」の成り立ちや文学理論に関する情報、そして「星座」作中に見られる構造を読み解いていく。
おぬいというヒロインについて語る場面が、私はあまり気にしたことがなかった話ばかりなので興味を惹きつけられ、面白かった。おぬいは手に職をつけるために主人公たちから英語を習っているのであって、出会い探しではない。そのくせおぬいの貧しい生活状況を知らずに、彼女に発情する男どもといったら! つい最近有島武郎「星座」を読んだばかりだったけどそんな風に考えたこともなく、目からウロコだ。
そういえば私の隣の長机にだぼっとした服装の男がいて、先ほど聞き耳を立てていたところ、文学博士課程の人らしい。その男の貧乏ゆすりがまあひどくって、私のほうが貧乏だわいと張り合おうかと思った。講義に失礼なので止した。
ともあれおよそ90分、語り通す先生。私はそんな長く舌が回らない。場馴れしたような感じもあり、彼は昔の彼ならず、そう感じた。いっぽうの、己はどうだ? 学生の時分から変わらぬ弊衣破帽に貧乏、毎日途方に暮れている。
私は私と先生の来し方を、青春を想起した。今、壇上にいる彼と座っている私。そして行く末、先生はこの春より名古屋で講師職に就くという。私は文学とは縁もゆかりもないつまらぬ仕事にあくせくしつづける。私は私のまま、もうこれ以上変われない気がした。
講義の最後のほう、「星座」における一節が紹介された。
教授の手にある講義のノートに手垢が溜まるというのは名誉なことじゃない。クラーク、クラークとこの学校の創立者の名を咒文のように称えるのが名誉なことじゃない。
プリントにそんな風に書かれている。読み上げて、先生は言った。
……この文章は本日この場に参列してくださっている方から紹介されたもので、私もこの文章で有島武郎の「星座」を読み始めました……。
私はプリントから話者のほうに顔を向けた。中村と目が合った。彼は寸時、にこりと笑んだ。私も同じ表情を返した。内輪の話をするみたいな優しさで。
果たして、講義が終わった。司会の人の簡易なあいさつの後、これから十分後くらいには懇親会があると紹介される。タダ飯が食えるらしい。学生の時分だったらタダ飯だやっほ~いと居座っただろうが、私は学生ではなかった。講義終了後によくある静かな喧騒の中、私はひと仕事終えた彼のところに立ち寄って、感想を述べた。お互い礼を言い合い、また二月に飲もう、そうしよう、などと話した。彼の誕生日である今日は、有島武郎の友人である森本厚吉の命日なんだね、と昨日知ったばかりのにわか知識を語った。彼は厭だなあ、と破顔した。
懇親会の準備が始まる。私は別れの挨拶もおざなりに、そそくさその場を後にした。夜八時近くの文系棟は、まったく人気がない。こだまする足音が冷たかった。
建物を出て、外はすっかり真っ暗だ。雪こそ降っていないが寒い。一月の寒さだ。私は逃げるみたいに早足に大学を出て、札幌駅に向かった。こんな時間なのに観光客と思しきトランクを引く人が大勢。それに仕事帰りや学校帰りの人たちで来たときより混雑している。私はぶつかりながら帰りの地下鉄に急いだ。ホームに着くとちょうど車両が到着していた。座席に幸い座れた。私は最寄りの駅に着くまでの間、すこし貧乏ゆすりをした。