日記(240822)

 今日、北海道の調理師試験があった。

 受験資格が備わっていたのでいっちょやってみっかとなった。べつに免許を取ったからといって今の職場で給料が上がるわけでもない。齢30を迎えるにあたってなんか資格の一個や二個あらたに欲しいな~というノリで受けたわけだ。

 調理師試験のテキストを買う。350ページ。いっかい読み通す。過去問を解いてみる。六割。もう一回読み直す。七割。それを繰り返した。高校時代に生物を専攻していたら多少は楽だったのだろうと思う。消化酵素だとかセルロースだとか、高校時代を物理一本で乗り切った私には縁遠い世界だ。等速直線運動とかなら分かるんですけど! けれど自分の知らない世界の知識を仕入れるのは新鮮で楽しかった。おかげで普段なら読まないだろう本に手を出した。原田信男「豆腐の文化史」や岩井保「旬の魚はなぜうまい」などの新書。試験ではちっとも役に立たなかったけれど、読書の幅を広げるのにはとてもいい経験で、まあ落ちても受かってもどうでもいい。嘘。本当なら受かっててほしいけれど、私の頭はだいぶ弱くなっているので、そんなに自信はない。

 調理師試験はマークシート方式で、鉛筆かシャーペンが入り用になるという。私はあわてて鉛筆を買いに走った。鉛筆削りも買った。試し書きしてみるとなんだか懐かしくなった。受験生のとき以来に鉛筆を使った気がした。大学でも職場でもボールペンしか使わないから。十何年ぶりに握る鉛筆の感触はそれだけで郷愁を誘い、今日の試験会場ではひとしお昔の思い出が込み上げてきた。大きな講堂に老いも若いも男も女もが一堂に会し、試験十分前の静けさがしぃんと透る。センター試験のときみたいだ(今はセンター試験とは呼ばないらしいけれど)。少し緊張した。自分の人生がかかっているかいないかの違いだけが、私を正気にさせていた。試験時間は二時間半。全六十問。試験開始後一時間したら途中退室できるらしい。センター試験と比べたらあまりに少ない問題数だ。私はわかるところは埋めてわからないところは2を選んだ。センター試験も2を選べばいいという。そんな風に適当に解いていると、六十問はあっという間に解けた。一時間経つのはまだまだ先だ。私ははるか前方にいる試験官をにらむことに残りの時間を費やした。はやく俺を帰らせろ。この試験のために休みを取ったんだ。こっちはとっとと帰って酒を飲んで寝たいんだよ。

 ようやく一時間が経って、私は途中退室した。外に出ると小雨。私は近くのショッピングモールに避難して雨が止むのを待った。テナントにH&Mがあって、そこでセール品の服を買った。6000円のズボンが2000円!? 買いだ買い。H&M、札幌には店舗数が少なくて行ったことがなかったけれど、けっこうリーズナブルでありていに言って最高だった。気づけば1万円使っていた。ありがとう調理師試験、受験しなかったら私はH&Mを一生知らずに過ごしてきただろう。H&Mの割引額で、調理師試験受験料はまぁチャラになるか。よし。落ちても許してやる。早く合否を発表しろ。
 雨は止みそうになかったので併設されているスーパーで折りたたみ傘を買って帰った。


 調理師試験の勉強のためにという口実で、いつもなら読まないだろう本を何冊か読んだ。
 そのなかでいちばん面白かったのは小林照幸「死の貝 日本住血吸虫との闘い」というノンフィクションだ。私がちょうど試験勉強を始めたときに、新潮文庫から復刊されて世に出た。なんでもwikipedia文学の一つとして数えられる記事の典拠になっている本らしい。日本住血吸虫って調免のテキストで読んだやつじゃん! と運命を感じて迷わず買った。読んだ。地方病として江戸時代まで謎に包まれていた奇病を、文明開化を経て各地の医学者が結託して、病因と真相を突き詰めていく群像劇。奇病に罹ってしまった女性が死後自分の体を検体に回してほしいと懇願する場面はべそべそ泣いた。いくつもの悲痛な犠牲を重ねながら、試行錯誤を経て、日本住血吸虫の正体を明かしていく。謎解きのような風味もあり、夢中になった。おかげで日本住血吸虫に関しては試験の過去問で間違えることはなくなった。残念ながら今年の試験に日本住血吸虫は出なかったけれど。来年再受験するときに出てほしい。


 雨の降る街を地下鉄駅まで小さな傘をさして走った。改札を抜けるとちょうど電車が来ていた。明日は健康診断だ。知ったことか。私は酒を飲んで寝ようと思った。そして今、酒を飲んで煙草を吸っている。禁酒禁煙はできませんでした。明日から頑張ります。

 

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