ノートパソコン/I Like Books/I Like Movies
新しいノートパソコンちゃんを中古屋に行って買ってきた。四万だった。先代のノーパソとは些細なすれ違いから手が出てしまって、ついに元通りの関係に戻らなかった。今度の新しいノーパソちゃんとは良好な関係を築けるように、こまめな会話を欠かさないことにした。朝起きたらおはようと言うし、仕事から帰ってきたらただいまって言う。複数のタブを開いているときにも、ご苦労さまとかいつもありがとうとか親しき仲にも礼儀ありなのでねぎらいを忘れない。電源、入れるね……。痛くない? じゃあ、動かすよ。
§ § §
映画を観てきた。「I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ」というカナダ発の青春映画。
小柄で太っちょで映画好きな高校生男子が、級友やバイト先の面々や親とトラブルを起こしながら、進路や生き方につまづいて、成長してゆく物語。
映画好き、とはいっても、映画なら何でも好き~みたいなやわらかい感じではなくて、自分なりのこだわりがあって、それをついつい押し付けてしまう。意固地で、人の話を聞かない。この映画は主人公の人となりに共感できるかどうかで評価ががらりと変わると思う。主人公の思考/志向や振る舞いに思い当たりがない人には、終始性格の悪いキャラがなんだかんだうまくいくストーリーとして映じてしまうだろう。私はあいにく映画には詳しくないけど、文学、小説の領分において、心当たりがあったから、自分事のように楽しく、そして苦しく観られた。
主人公・ローレンスが愛好してやまないのはキューブリックという映画監督、その作品。作中ではそれ以外の軟派な映画はまるで映画ではないという風にふるまう。私はキューブリックをよく知らないので、自分の土俵で勝手に想像した。文学でいう澁澤龍彦あたりだろうか、みたいに。あるいは純文学全般でもいい。娯楽小説を下に見る純文学徒は珍しくない。私だって下に見ていた。へぇ? 西尾維新が好きなんだ笑。あんなもんは小説じゃないよ。純文学に非ずんば文学に非ず! ローレンスの狭量な考え方は、いかにもかつての私のそれで、胸が痛いといったらありはしない。
ローレンスは母子家庭。私と一緒だ! 母子家庭になった事情も言いづらい。私と一緒だ! 行きたい大学があるけれど経済的事情がそれを許さない。私と一緒だ! 通っている高校には友達がほとんどいない。私と一緒だ! 自分の意固地な考えで周りの人から煙たがられる。私と一緒だ! そのくせ実力が伴ってない。私と一緒だ! ローレンス、お前は私だ。
行きたい大学に行かせてもらえない、みたいな場面には特に共感した。私は高校時代、金沢大学を志望していたのだけれど、本州の大学になんて行かせる金はないよとつっぱねられたものだ。私大なんかもダメ。手に職つけなさい。そう口酸っぱく言われて、結局は北海道内にある大学に進んだ。文学部だったので、教員免許を取りなさいと言われた。私のほうは教員免許に必要な教育実習にて、赴任先の教頭や数学教師と喧嘩をしてあーあ俺は教師に向いてねぇやと匙を投げてしまった。一方のローレンスは映画のラストで大学に入ったばかり、それに彼の従前の意固地な部分も多少なくなっている。ローレンスの将来は観客の創造にゆだねられているが、私より早くに性格の難儀な部分を自覚できたこともあって、彼の未来が明るいものと信じている。目を瞠るほどの成長ではないけれど、ささいなそれでいて大切なローレンスなりの変節は、観客の心を暖かにさせてくれる。
作中のヒロイン・アラナというバイト先の上司から、ローレンスはこう評される。あなたは大学のほうが向いているわ。これまで友達なんていなかったでしょう。
私自身、小中高と通して友達と呼べる存在はおらず、なにが人付き合いだい、とばかりに読書に耽っていた。赤の他人に合わせるのなんてゴメンだね。体育祭? 文化祭? ハッ。っていうこのスタンス。それがいざ大学に入って、寮生活をしてみたら、他人に合わせて何かやるのも悪くはなかった――楽しかった。ふんどし一丁で学生食堂前にて馬鹿騒ぎしたあの頃が思い返すたびに愛しい。ローレンスも大学生になって、映画のラストでは寮生活の一幕を垣間見られる。不器用なローレンスを受け入れ流してくれる寮友に出会う。私は寮でも問題を何度も起こしたけれど、まあなんとかなった。ローレンスもきっとそうだろう。鏡をのぞくみたいに、私はローレンスを祝福している。小中高と違って大学の学部は人種のるつぼ、自分が大切にしたい人を必ず見つけられる。親の目もない。いま、自由を手にしているのだ。ローレンス、幸せになれよ。
「I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ」の最高の場面は、ローレンスの唯一といって構わない高校時代の友人・マットとの別れだ。進路を違えてこれからは頻繁には会えなくなる。ローレンスは去り際、友に言う。愛している(I Love You)、と。
ローレンスは作中で「スパルタカス」という映画を観ながらオナニーする場面がある。ただ「スパルタカス」はシコるにはあまりに男臭すぎる。この場面を、ローレンスに男色の気があるととるのか、「スパルタカス」は彼の敬愛するキューブリック監督作品なので映画愛が昂じていざ射精せんとしたのだと考えるのか。それはまったく観客に一存されてはいるが、私は後者。映画愛のあまりに、と思う。愛している、とは、性愛にのみ許される言葉ではない。友愛において、愛しているとしか言えない時がある。私はそれを知っている。痛いほど。きっとローレンスも知ることになるだろうし、ああ、これ以上は野暮だ。ローレンスは友愛の謂でマットに告げたのだ。ひとこと、愛していると。
公式がどういう意図であったのかはどうでもいい。あらゆる創作物は、あらゆる受け手によって選ばれて評価される、べきだ。私はそう思う。作り手が人を選ぶなんて傲慢じゃないか。
§ § §

§ § §
映画にローレンスみたいな厄介オタクがいるみたいに、文学の領分にも見受けられる。ローレンスは映画内だと心新たにするのに比べて文学厄介オタクは思考のアップデートができないのである。上に引用した昨夜とかいうやつのお気持ち文は、noteで芥川賞と検索したら見つかった。まったく、旧態依然としてトランスジェンダーに理解のない輩の放言である。早くシャットダウンしてアップデートしろ!!
今回の芥川賞を受賞した安堂ホセ先生は、角川から出版されそうになったヘイト本「あの子もトランスジェンダーになった」という本を出版に対して、以下のように遺憾の意を申し上げている。
「どんな本でも全文を読んでから批判するべき」なんて嘘だよ。
幸い、角川からは事前検閲によって出版差し止めとなった。しかし産経新聞出版から改題されて世に出てしまったのは本当に悔い改められる。誰もかれもアップデートが足らない。その書評において札幌にある小さな書店が、当該本に関して認識のあまりに誤った評価をしていた。
『トランスジェンダーになりたい少女たち』アビゲイル・シュライアー 読めばヘイト本ではないことがわかります。10代の子どもたちを救おうして書かれた本です。
どうにか界隈で書店側の考えを改めさせることに成功、アップデートさせた次第である。悪書は読まれるべきではない。全文読んで評価するのは嘘だ、とは芥川賞作家によるアップデートされた読書の作法。あらゆる正しい創作物からは、受け手がきちんと与えられる体勢をとっていないと選ばれないのだ。個々人の受け取り方によって評価が覆ることはあってはならない。有無を言わさずヘイト本はヘイト本だし、クソ映画はクソ映画なのだ。「I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ」も観客によっては当人のトラウマを想起させるものかもしれず、人を傷つけるかもしれない以上、これはヘイト映画である。クソ映画だ。ブルーレイの販売を差し止めよう! 社会にとって危惧される作物は大衆が触れる前にキャンセルされなければならない。まあ、選ばれない人たちは文学のない場所で貧しい世界を創り築いていけばいいですよ笑。今風の文学は渡航許可証、選ばれた側であるか、それ以外か。私は文学に選ばれた。そんな確信がある。本は読まずに評価していいし、映画は観ずに評価していい。正しいものだけ与えられればいい。
§ § §
こういうふうに当てこするだけで文章を終わらせるのは、品がないと思う。せっかくのノートパソコンを買い替えての気分一新のnote、こんな下らない雑文ではなく、なにかきちんとした意志を書きたい。私はもう少し「I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ」の話をしたい。
主人公・ローレンスが、確かに性格はクソで甘えん坊で才能がないにしても、それでも嫌いになれないのは、彼が本当に映画が好きなのだと伝わってくるからだ。私はそこまで映画に対する思い入れはない。けれども、文学に対してはある。こうあってほしいという願いが。本はきちんと読まれて評価されてほしい。ローレンスだって「時計仕掛けのオレンジ」をあらすじだけで評価されたくはないだろう。好きなジャンルのベクトルは違っても、その愛の一途さには納得させられる。ローレンスは映画が好きだ。私は本が好きだ。私はローレンスではない。それでもローレンスは私だと言いたい。私たちは二人とも同じくらい頑固に映画を/本を愛している。それは確かに伝わった。自分のことを嫌いになれないみたいにローレンスを嫌いになれない。ローレンスはキューブリック以外の映画も観るようになった。私も純文学以外の本を楽しめるようになった。いっしょだ。私が自分の好きの範囲を広げていくように、ローレンスも彼なりに、それまで気づけなかった自分の好きの領域を発見していくのだろう。
己の知らない物語に触れる楽しみに満ちた「I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ」――私はこの映画を愛している。
§ § §
うっ……、いっぱい出た。溜まりに溜まってたから。ありがとう、ノートパソコンちゃん。気持ちよかったよ。じゃあ、また明日ね。アップデートしてシャットダウンするよ。おやすみ。