100日後に30歳になる日記(27)
◆6月6日
小説を書いていた時期がある。大学の文芸サークルに所属していたころ、ぽつらぽつら一万字にも満たない小編をいくつか。文章を書くことが好きだったというよりは、人並み程度にできることが文章を書くことしかなかったに過ぎない。受験の小論文だとか、あるいは読書感想文だとか。何事も三日坊主な性分の私でも、継続できる習慣だった。
文章を書くのが好きというのと、小説の文才はまったく異なる。読書感想文を何枚書こうが芸術にはならない。それでもそんなことどうでもよくて、下手の横好きとして些細な物語を書く。四年も続いた。サークルの人から面白いと言われた小説も一つふたつあって、それですっかりいっぱしの物書きの気分でいた。
けれどしょせんは井の中の蛙、私よりもっともっと流麗な文章を書く人はごまんといて、さらにそこから素敵な物語を織る手を持っている人は数限りない。私は結局、大学を出てからは小説を書くなんてこととは無縁に暮らした。そのくせ、書店でふいに○○賞受賞作という帯を見かけて、著者経歴を見ると同年代だったら、不当に妬んだりした。ぱらぱらと立ち読みしてみる。へっ、なんだいこんなもん。俺だってこんなのの一つやふたつ、と思い上がっては、思い上がるだけでしまう。
小説こそもうろくに書かなかったけれども、何かを書く習慣だけは続いて、noteというインターネットの場末でせこせこ日記や雑文を書き始めた。趣味らしきものと呼べるだろうか。ただまあ、現実で出会う人にまさかこんな日記を書いてますなどと晒せはしない。
たとえば休みの日にすることを訊かれる場面がままある。へぇあたしはnoteってとこで日記を……なんて口が裂けても言えない。しかしそれ以外といえば日がな一日布団にこもってシコっているくらいで、ありのままに語るとセクハラになる。ソシャゲだともあまり言いたくない。最近は「学園アイドルマスター」やってます! なんて溌溂に言うには、ある程度の仲にならないと駄目だ。そうでなくても私は、顔が理系と言われる。オブラートに包まれた悪口だと思う。理系面で学マスをしていたらもう役満だろう。ほんとうは文学部で、三角関数と化学のmolで躓いた人間なのにね。文学部で学マスもどうかと思いますよ。うるせえ。それでやむなくネット麻雀をしてますなどとはぐらかして言う。ぼくは大学時代は寮に住んでて夜通し仲間内で打ってました。ええ、点5くらいのレートですね。賭け事を絡めて述べるとまあまあウケはよい。今度いつか打ちますか。いいですね。そういうふうに無難に会話を終わらせられる。雀魂? いえ、天鳳です。東風赤速三麻です。三段です。
何も読めず何も書けずの毎日、細々とこんな雑文をこねくりだすのが関の山、それでもたまにこれはいい文章だとうぬぼれるものが書けるときがあり、いっとき物書きになった気分になる。けれどそんなのまがい物で、本物ではないのだった。文芸の天稟が欠けている。折に触れてちょいちょい芸術家になれる、なんと思っている人たちほど、軽蔑されるべき者はない。
大学時代の文芸サークルの同期にはほかに主要な男子が三人いた。みな、私と同じ文学部で、彼らはおそらく文学部面だったろう。文学部面も悪口じゃない? 〇学部面といって悪口じゃないのは医・薬と経済くらいだろう。
彼らがいまどうしているかといって、いまだに物書きになっている人は出てない。まあ、そんなものだ。みんなそれぞれ良い文章を書いていたのだけれど。一人は東京で働いているらしい。一人は道の役人になった。一人は博士号を取った。四年間、同じ場所で過ごした彼らが、めいめい違った場所でそれぞれ活躍している。まだ彼らは何かを物語る気力を残しているだろうか。残しているなら書いて、私はせめてその読者になりたい。彼らの小説なら、妬まずに読める気がする。たぶん、嘘だ。思いっきり嫉妬して、嫉妬するだけ。それでもせめてもの傲慢が許されるなら、あの三人、今となっては音沙汰さえない彼らが、なにかことばで、世に出ることを祈っている。
思えばこのインターネットの大海、どのプラットフォームでも構わない、至るところにひとの作物は実り、きっとその一文一文は、誰かが待ち望んでいることばでもあるかもしれない。散文があり日記がありシナリオがあり詩があり短歌があり二次創作もあり、ことばを連ねる数えきれない営為を垣間見るたび、吐く息が震える。私の両の手は、あらゆる人たちに届くほど長くなく強くなく、ならばせめてこの生活の圏内に出会ってきたことばを諦めない人たち、リアルでネットで交錯し、また別の方向を目指して、しっかとした足取りを運ぶ、その背を、押したい。
◆6月7日
半日かけてようやく学園アイドルマスターでドハマリしているふたりのヒロイン、葛城リーリヤと紫雲清夏の親愛度を10にした。育成が充分ではないので運ゲー要素があり、根気でがんばった。
この幼なじみふたり、とてもいい。互いに互いを信頼しながら、強がったり嘘をついたり……。学マスには耳目を集めるヒロインが他にたくさんいるけれども、それでこの二人の輝きが失われるわけではない。紫雲と葛城は最良のパートナーであり、私は彼女たちの物語の行く末を見届けたいと思った。
自分自身の物語はどうした?
そんなものもうない。
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