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タロットリーディングの効能

私はタロットリーディングをします。
でも、タロットを占いとしては位置付けていませんし、またそのように使いたくもありません。
昔は占いが大好きで、色々な人に鑑定してもらったり、本を読んだりしていました。ただ、ここ数年、おそらく6年くらいは占いには行っていません。もういいかな、という気分になったのと、先のことを知ったらつまらない、と思うようになったこと、そして少しイヤだな、と思うことを言われたのが大きいような気がします。

先日断捨離の一環で、クローゼットの中を整理していたら、なんと最後に鑑定を受けた際のメモがみつかりました。
存在さえ忘れていたメモ。もちろん内容も全く覚えていませんでした。おそるおそる読んでみると、とても具体的なことが当たっていたんですね。ありえないような当たり方で‥‥
その時、ますます強く感じたんです。占いはもう必要ないな、と。
たとえば、占い内容を詳細に覚えていたとします。そうすると、その占いの内容に合わせていく、という行動パターンが生じてくると思います。意識しようが、無意識であろうが。すると、その占いはあたる、という確率が増えてくると思います。
では、今回のようにすっかり存在さえ忘れていたとしたら?それでも占いのとおりになるということは、運命はあらかじめ決まっているということなのかもしれません。それなら、それを先に知ることにどんな意味があるのでしょう。
占い結果の存在を忘れていても、潜在意識は覚えていて、その方向に向かっていたのかも、という可能性はあるのかもしれませんが、今回のケースはあてはまりません。なぜなら、その占いは私のことではなく、その場に同席もしていなかった家族のことだったから。

それでも私がタロットでリーディングをおこなうのは、自分の無意識の世界を感じたいからだと思います。カードの解釈はさまざまありますが、引いたカードは絶対だと思います。自分で引いたカードなのだから、もうそれはその人間の一部なわけです。それをどう読み解いていくか、そこには終わりのない探究が待っています。でも、無意識の世界を紐解き、意識化できたとき、それは自分の現実世界にさざ波として伝わり、現実に動きが起きてくるんだと思います。それは占いではなく、気づきを得ることだととらえています。気づきを得ることがなぜ必要なのか、それはつまり、思考まみれで動いている現実世界に、自分の広大なる無意識が本当に望んでいることのエッセンスを加えていくようなプロセスになるからです。

私が他の方のリーディングをする時に心がけているのは、決して占いにしないこと、です。
占いは、一歩間違えると呪いになってしまいます。そうではなく、その方が選んだカードが象徴することをリーディングし、それが媒介となって、その方自身の気づきを深めるきっかけになってもらえれば、という思いでおこなっています。

タロットという象徴言語を目にすることで、心の底に眠る思いが言語化されていきます。
そこで得られた気づきが、ご自身の無意識の海に一石を投じることになり、そこから生じたさざ波が、現実世界にも影響を与えることになるーーーそのために必要なのは、自分自身による気づきなんだと思います。

#タロット

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