12月17日
彼は、別に私のことを好きじゃないと思う。
あの一瞬の感情を、正解にしたいだけなんだと思う。
「誰かを好きになる程、自分のことが嫌いになるんだ」
聞いた時は意味がわからなかったが、今は痛いほどよくわかる。私は初めてそんな恋をしている。
退勤後の立ち話じゃ物足りなくて昼食に誘ったあの日から、初めてちゃんと話をしたあの日から、彼の事ばかり考えている。
性格や思考、好き嫌いまで自分と見事に違う彼のことがどうしようもなく気になった。
こんな時、彼ならどうするんだろう。
これを見た時、聞いた時、彼はどう思うんだろう。
私にないものを持っていて、
私にあるものを持っていない。
そんな彼をもっと知りたいと思った。
勇気を出してLINEを交換したものの、話すことが思いつかなくて困った私は犬の写真を送りつけた。
あの時私がどんな気持ちだったか、彼にはきっとわからない。
「人として気になる」「興味がある」から、恋心を含んだ好意に変わっていった頃、彼が暮らす部屋に行った。
初めて入ったその部屋は妙に居心地がよかった。
私は何故か眠たくなって、うとうと眠ってしまった。
彼は眠っている私を見て、困惑していた。
その時、彼は私に向ける気持ちが恋だと思ったらしい。
わからないのだ。私の何が好きなのか。
なぜあの短い時間で気付いた「好き」が続くのか。
彼は私を好きでいることを頑張っている気がしてならない。私は彼に好いてもらえるような人じゃない。
そんな不安がいつも付き纏う。
彼の事を考える時、同じくらい自分の事を考える。
「自分が好きだ」と言い張るくせに、「どうせ自分なんて…」と心を閉ざす彼と、誰かから評価されることにしか自分の価値を見出せない私は、きっと似ている。
人との付き合いを怖がって関係を築くことを避けて一人の世界に籠る彼と、家に居場所がないために家の外の人間関係に依存して誰にでも心を開く私は、きっと似ている。
自分の心を守る手段が違うだけ。
彼は映画と音楽が好きだ。
目を輝かせて好きな映画の話をする彼は、どこか遠い世界にいる人のように見える。
声を弾ませて好きな音楽の話をする彼は、私の知らない世界を知っているように見える。
私は私を嫌いになる。
「君の名前で僕を呼んで」や「コーダ」のことを帰って一人で調べる。私は何も知らない。
彼の人生には映画があり、音楽がある。
私の人生にはたぶん、まだ何もない。
病気が悪くなってから、本を読むのが苦しくなった。
勉強が頭に入ってこなくなった。集中できなくなった。覚えが悪くなった。思考に靄がかかった。
そんな感覚が怖くて、情報を入れる事を避けた。
考えることができない私には価値がない。
21歳にもなって親の怒りを聞き流している時、宇宙人を見るような顔をしているらしい。知らない言語を聞いているような顔をしているらしい。そんなのは私じゃない。怖かった。
病気は私の何なんだろう。
病気の私は私なのか?
そんな事を考えているのは私だけ。
大人は勝手にみんなそれぞれ違う事を言う。
本を沢山読みたい。豊かな人間になりたい。言葉を上手に使いたい。でもいなくなりたい。
「どんな出会いであっても、出会った瞬間から、ただ別れに向かって進んでいくんだよ。」
結局何が言いたいか、別にわからなくてもいい。
知らん顔してやって来る朝を迎えるだけ。
勝手に流れる時間をただ生きるだけ。
そんな日々に色をつけた彼のことを、ただ考えているだけ。
ふたご座流星群の夜、彼は流れ星を見た。
一緒にいた私は見られなかった。
そういうことを考えているだけ。
いつか必ずやってくるらしい別れが、できるだけ遠いことを毎晩願う。彼の世界に私が存在していたらいいな。
できるだけ美しい姿で。