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一人旅の至福② 2002年9月

翌日は、イスキア島のラッコ・アメーノという町にある温泉施設「ネゴンボ」に行った。

イスキア島は、周囲は約35km、人口は5万人に満たない小さな島だけど、その昔火山の噴火でできたというだけあって、多くの温泉がある。ネゴンボはロンドンの友人に借りたイタリアのガイドブックに出ていて、一昨日ミキと2人で訪れ、思った以上に優雅なリゾートタイムにふたりでウキウキしながら7時間も過ごした場所だ。

その日も、カプリ島で衝動買いしたオレンジとピンクのビキニの上に、バスローブを羽織り、広いプールサイドのデッキチェアに横になって本を読んだ。

母親に「色の白さは七難隠す」という言葉を中学生のころからイヤというほど聞かされていた私は(もっと言うと「アンタはスタイルが悪いんだから色の白さくらいキープしないとね」と言われていた。)、ほとんど日焼けというものをしたことがなかった。

でも、この旅の目的地はなんといっても9月のイタリア、スペイン、モロッコである。「31歳、これが一生の最後の日焼けだ!」と思い、今回は陽をたっぷりと浴びた。

       ***

夕方になって、前日の昼間に出逢ったイタリア人のオジサンふたり組と合流し、食事に行く。

食後に彼らが「これから友人の家に遊びに行くが、一緒に来ないか」と誘ってきた。
一瞬躊躇したが、イスキアに住む人の個人宅に行ってみたいという好奇心に勝てず、あとは不思議だけど「行ってもきっと大丈夫」という勘が働いてお邪魔することに。

家は共同住宅でわりと小ぶりで質素だったけれど、あたたかみのある家だった。リビングルームにはすでに10人ほどの人が集まっていて、お酒と簡単なツマミがテーブルに並んでいた。

そのほとんどがイタリア人のようで、飛び交うのはイタリア語だけだった。ときどきオジサンのひとりが私に英語で説明をしてくれた。

1時間もしたころ、オジサンは私に「これからどこに行くんだい?」と訊いた。

私が「フィレンツェに1泊したいと思っています」と答えると、「フィレンツェは素晴らしい町だよ! ぜひ行くといい」とニコニコと笑った。それからイタリア語で他の人たちに通訳した。

彼らは「おお、フィレンツェ! いいねいいね!」みたいな感じで、そこがどれだけ素晴らしいか(イタリアがいかに素晴らしいか)をみんなで言い合っていた(イタリア語がわからなくても、だいたい何について話しているかなんとなくわかる)。

オジサンはまた振り向いて「フィレンツェのあとはどこへ? イタリアを周るのかい?」と訊いた。

「周りたいんですが、実は、しあさってにマラガに着いていないといけないんです」
「マラガ……。マラガって、もしかしてスペインの?」
「はい」

「そうか。まあ明日朝にナポリに戻り、ローマから飛行機でフィレンツェに入って、翌日観光して、翌々日に飛行機でマラガに行くことはできるだろうね。ちょっと忙しい行程だけど」とオジサンは言った。

「いえ。飛行機のお金がないので、電車で行こうと思っているんです」

私がそう言うと、おじさんはビックリして「なにぃ!? 電車だって!」と叫んだ。

オジサンがまたイタリア語で訳すと、それを聞いたみんなも一様に驚いた顔になり、矢継ぎ早にイタリア語で私に向かって何か言った。

オジサンは頭を横に何度も振って「無理」という意思表示をしながら、英語で私に説明してくれた。

「電車でマラガまで行きたいのなら、明日朝一番の船でナポリに行き、すぐにローマまで行き、そこでマラガまでの電車の切符を買わなければならない。直行便なんてないから、何本も乗り継ぐよ。それなら2日後の夕方にはマラガに着いているはずだ」

……2日後の夕方?

本当に無知というか行き当たりバッタリというか救いようのないバカというか、私は電車でナポリからマラガまでがどれくらいの距離かまったく調べていなかったのだ。たぶん20時間くらいで行くんじゃないかなあ、と漠然と思っていた。

……え? 電車で丸2日?

楽しいパーティの解散後、オジサンふたりは交互に私をハグし、「グッドラック!」と手を振った。(きっと心の底からそう思っていたことだろう。)

宿に戻ってガイドブックを開くと、ナポリからマラガは、確かに遠かった!!(笑) ナポリ→ローマがすでに200キロちょっとあるのだ。イタリアとスペインの間には、フランスもある。たった20時間程度でマラガまで行けるはずがない。

あまりの自分のバカさかげんに呆れるも、今日彼らに誘われるがまま、友人の家に行ってよかったとも思った。でなければ、マラガに3日後には着いてなかったかもしれない。

      ***

翌朝、一番のフェリーに乗って、1時間でナポリへ。そこから電車で2時間半でローマへ。着いたのは確か11時くらいだった。

テルミニ駅の切符売り場は50人くらいは並んでいて騒然としていた。30分は待つらしい。私はイライラしながら、その列が少しずつ短くなるのを待った。

やっと自分の番が来て、窓口に行き、「マラガまでの切符をください」と言うと、駅員はギョッとして「マラガ? イン・スペイン?」と言った。

私は首を縦に振りながら「イン・スペイン」と答えた。

「バイ・トレイン?」
「バイ・トレイン」

駅員は前日のオジサンと同じく、首を横に大きく何度も振り、「ハウ・オールド・アー・ユウ?」と訊いた。もし26歳以下だったら切符が安く買えるらしい。しかし私が「サーティワン」と答えたので、顔をしかめてもう一度首を振った。そして「2XXユーロ」と言った。

それは日本円で3万円ほどだった。ロンドン(スタンステッド空港)→ローマの飛行機(byライアン・エア)がほとんど1万円だったのと比べると、バカみたいに高い。

でも、これからマラガまでの飛行機を予約するということが英語のなかなか通じないこの場所でできるのか不安だった。だから、とりあえず電車のチケットを買うことにした。

駅員のオジサンはチケットと、小さな紙切れを渡してくれた。それは、コピーではあったが、電車の乗り換え時間が手書きで書かれていた。

          ***

いま、その紙切れがもしかしたらあるかも、とあちこちの引き出しをかき回してみたら、なんと奇跡的に出てきた。

私はあまり切符やチケットやパンフレットの類を取っておくタイプではない。わりとそういうモノに執着しないのだ。でもこの紙切れだけは捨てられなかったようだ。

そこにはこう書かれている。(以下日本語で)

ローマ   23:15

ニース    9:42

(乗り換え)

ニース   10:10

モンペリエ 14:19

(乗り換え)

モンペリエ 17:14

バルセロナ 21:48

(乗り換え)

バルセロナ 23:00

マドリッド  8:00

そして紙には書いていないけれど、マドリッドからマラガまでは5時間かかる。なるほど、「2日後の夕方にはマラガに着ける」わけだ。

          ***

その後、テルミニ駅のインターネットカフェで30分ほど調べたけれど、なんだか途中で面倒になってしまい、「これはきっと、電車で行ってみろ、ということなんだ」と思うことにして、最初の電車の出発時間である23時までカフェなどで時間をつぶした。

そして、この電車の旅にも、忘れられない出逢いが待っていたのだった。

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