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クッションになってくれてありがとう

noteを書き始める前に、小説を書こうとした時は
きっと、自分の生い立ちのその怒りを昇華したかったのだと思う。
主人公に自分を憑依させて、主人公にそれを乗り越えて
自分の人生を生きる力と勇気を彼女に卓したかったのかもしれない。

小説を書き続けるうちに、体調が悪くなり
どんどん癒しのプロセスが速度を増したように感じる。
私の心の奥にある重い黒い石の塊のような感情は、
もっと直接的に表現する必要があったのかもしれない。
私は胸の奥にいつも黒い石が詰まっているような重さを感じていた。
それは呼吸を浅くし、喉の奥で言葉を詰まらせているような感覚だった。
そこで、エッセイという形で自分の思いを言葉にすることで、
最初は石のように重く、動かなかった感情が、
書き進めるうちに黒い塊が光を帯びて
少しずつ小さくなり、軽くなっていった。

そんなとき、旦那のことを書いているうちに思い出したことがあった。
過去に自分の怒りを何度か旦那にぶつけてしまったこと。
自分で決めたことなのに、旦那のせいでこうなった、と
怒りをぶつけたことがあった。
その時はその怒りの感情がどこからくるのかわからなかった。

でも、時間が経つにつれて、あの怒りがどこから来ていたのかが
少しずつわかりはじめた。
さまざまなヒーリングやスピリチュアルな学びを
続けているうちに感情にアプローチするセッションなどを
受けることもした。
自分の両親との関係は、社会にでて接する人との関係構築と
関係があるのだそうだ。

ふと、逆の立場だったらどうだろうか、
その苦しさや不条理さをどう受け止めるだろうか、と考えた。
自分が関係ないことでお前のせいだと怒られるだなんて
想像しただけでも腹がたつ。
自分が決めて自分でしたことを責任転嫁されるのだ。
なんと言う子供じみたことをしたんだろう。
そう考えると恥ずかしくて消えたくなった。

怒りの根源が自分自身の問題であると気づいた時、
私の中で何かが解けた。
その瞬間、感謝の気持ちが急に溢れ出し、
やがて胸の奥で黒い塊が光になって消えていった。

”私のクッションになってくれてありがとう”

旦那は怒りの感情を受け止める役柄を引き受けてくれていたのだ。
それに気づいて旦那に感謝の気持ちを伝えた瞬間、
胸の奥にあったつまりが溶けていくのを感じた。

もう、二人の関係は昔のようには戻らないけど、
私自身も癒され、心から感謝の気持ちが溢れて涙がでてきた。


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