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自分の夢は必ずかなう

50年以上生きていると、夢は必ずかなうって言葉、本当にそうってわかる。ただ、時々いるんだけど、親や兄弟、友達が実現した夢や目標を、隣の芝生が青く見えるのと一緒で、近い人の夢を自分の夢と置き換える人がいる。うちの弟もそう。最初は父の仕事、だめだったら、私の仕事。でも、自分の夢じゃないからいつまでたってもかなわず、時間ばかりが過ぎて何もしないまま57歳。車が好きだったから、車の仕事とかいいんじゃないって思うのだけど、本人は、いつまでたっても隣の芝生を眺めてる。
だから、「夢は必ずかなう」ではなく、「自分の夢は必ずかなう」。
noteに来て2週間。若い人たちの夢をたくさん読ませてもらった。毎日、今日はどんな夢が語られるのかワクワクしながら、PCを開ける。
反対に、noteには、夢を実現するための指南書もたくさん出てる。有料。その中で、私の仕事に就くための指南書があった。有料だから途中までしか読めなかったけど、これ書いているの、選考経験ある人じゃないとすぐわかった。私も時々、選考者になるけど、そこに書いてあるようなことまったく問題にしない。仮に、違う書き方や間違っても、まったく心証を悪くしない。そういう形式的なことまったく問題にしない。だけど、指南書が出てるってことは、私の仕事も今じゃ、なりたくてもなれない職種になったと感慨深い。
6月にパリで会った全く同じ職業で分野も全く同じ若者は、極端なハイスペックだった。フランスにいる同業者の日本人は彼と私だけ。どれくらい違うかというと、ロマネコンティ1975とアルザスピノノワール2022くらい。もちろん、私が後者。だけど、アルザスピノノワールは美味しいのもたくさんある。

Sonnenberg2022のピノ・ノワールは最高

スペックは平凡であろうと、私は自分の夢をかなえ、アルザスピノ・ノワールになった。そして、来週、職場の所長さんと面談し、さらにビザ4年延長してもらうようお願いする予定。実は、向こうから打診してくれた。そこで、二つ目の夢、フランスでの小さな生活を定年まで続けることができる(現段階で予定)。
フランスの生活は16歳、エルジャポンが発行されてから私の夢だった。19歳、32歳、34歳とチャレンジしてきた。だけど、言葉の壁や当時のVISAの関係で、フランスでのキャリアを築くことはできなかった。でも、61歳の今なら、すでに築いた日本のキャリアがあるから、可能性は高まる。

タイトル写真 魔女の宅急便の、お園さんのパン屋さんのモデルはスカンジナビア半島にあるらしいが、キキが住む離れのモデルはうちの近所にある。