星の数程の人生がすれ違う、ライブハウスにて
「MOROHA 単独ツアー 2024」大阪公演を観た。
会場は、住之江区のGORILLA HALL OSAKA。この会場でMOROHAを見るのは今年の5月以来。「無敵のダブルスツアー 2024」と題して行った、漫才師・真空ジェシカとの対バン以来だ。
なんばで四ツ橋線に乗り換え、住之江公園駅へと向かう。ギャンブルに縁のない自分にとっては、ライブに行くとき以外には利用しない駅。改札を出て出口へと向かう間に、ここが競艇場の最寄駅だと気付かされる。スポーツ新聞と赤ペンを片手に、階段を上がっていく老人たち。令和の世の中ではあまりお目にかかれない光景を横目に、ライブハウスへと向かった。
整理番号が若かったこともあり、最初に立った位置は2〜3列目くらいだった。だが、ふと2階から観たくなり、せっかく確保したポジションを譲り2階へ。上手側の柵にもたれかかり、開演を待った。
開演時間になり、ステージに姿を表した2人。合図と共に、消えるSE。
静寂に包まれたなかで、流れたのは『二文銭』。
観客たちは歓声を揚げることも、拳を天に突き上げることもない。
仁王立ちでステージ上の2人をじっと睨みつけている。
『一文銭』『俺のがヤバイ』と続けて演奏。
迫真のラップで観客を焚き付ける。
「本当は、お金を稼ぎに来ました」と一言告げて披露されたのは『米』。
「俺は貧乏が怖い」「夜な夜な銭を数えてた」「10円舐めたら血の味がした」
アフロが飛ばす言葉が次々と観客に襲い掛かる。
熱気に包まれたライブハウスに投げ込まれた曲は『tomorrow』。
優しくも胸が熱くなるUKのギターのフレーズ。
何度も音源で聴いてきた曲だが、ライブで聴くのはこの日が初めてだった。
リリース当時、僕はまだ高校生だった。8年経って初めてライブで聴いた曲。アフロが身振りを加えながら語りかける。
目の前に鮮明な光景が広がる。今までに経験したことのない、アーティストの世界に引きずりこまれる感覚。
学生時代の自分は、「俺の叶わなかった夢」をアーティストや芸能人など、キラキラした将来の夢として捉えていた。25歳になり、ライブハウスにいる自分には、「家族で過ごすありふれた日常」という夢が思い浮かんだ。将来にへの大きな希望を持っている学生時代には気づけなかった。結婚を意識する年齢になってわかる、家庭を持つことの難しさ。何度も聴いてきたフレーズが、初めて聴いたかのように沁みた。
次に演奏されたのは『Apollo 11』
結婚式を迎えた娘に対する思いが父親からの目線で描かれた楽曲。
『tomorrow』で語られた「俺の叶わなかった夢」。MOROHAがさまざまな楽曲で語ってきた「夢」。今まで「結婚」の曲として聴いてきた『Apollo 11』は「夢」の曲でもあった。
気がつくと涙を流していた。『米』『tomorrow』を聴いて溜まった感情が決壊したような感覚。音源を聴くだけでは辿り着かなかった感情。
曲が終わり再び静寂が訪れる。
静寂の中に聞こえる啜り泣く声。
涙を流す観客たちを肯定するように演奏されたのは『GOLD』。
アフロの言葉と優しいギターが、ライブハウスに笑顔を作っていく。
涙を流していた自分の心の隙間も埋めていく。
フロアの観客をじっとみつめ語りかけていたアフロが、急に2階席を指差し語る。古くから知る友人に語りかけられたようで、少し恥ずかしくなった。
序盤から感情を揺さぶられ続けるゴリラホール。
MCを挟んで観客を和ませ、ライブは後半に。
『革命』『四文銭』
魂の叫びが再び観客の心を熱くする。
終盤で演奏されたのは『やめるなら今だ』と『あいしてる』。
5月のライブでも演奏されていた2曲。
夢を追い続けているのではなく「逃げ遅れた」だけではないかという、挑戦への葛藤。苦しみ迷いながらも溢れ出す、創作への想い。
「無敵のダブルスツアー」では漫才師とアーティストに共通する「挑戦」と「創作」のストーリーとして受け取った。だが、今回は自分の生活に重ねて聴いてしまった。
自分の仕事は時間になれば終わる仕事ではない。アイデアを出すことや編集を突き詰めることなど、追求すれば終わりのない仕事だ。「好き」を仕事にすることの難しさや葛藤、そして喜びを再確認した。
今日は、単独ライブでは最大の客入りだという。
アフロが「空っぽのライブハウスで歌っていたときから俺らはかっこよかった」と笑いながら言う。そして、ガラガラのライブハウスと、パンパンに詰まったライブハウスで見るのとではMOROHAの受け取り方は大きく違うと続ける。
メッセージ性の強いMOROHAのライブは、観客とアーティスト、1対1の会話のイメージがあるかもしれない。だが、アフロの言葉は一人で受け止めるのではなく、ライブハウス全体で受け止めるものだった。自分の横で聴いている客の横顔。ともにMOROHAの曲を聴く人々がいるからこそ、胸が熱くなる。
最後に披露されたのは『六文銭』
『二文銭』で始まった2人の演奏。
じっとステージを見つめていた観客たち。MOROHAしか入っていなかった観客の視界を広げ、ライブハウスを一体にする。
セットリストが良かった、という感想は適切ではないかもしれない。今日のライブは新作の舞台を見たようだった。馴染みの曲で構成されているが、1つの新しいストーリーがある。そして心を打たれる。サブスクで気軽に音楽が聴ける時代に、ライブハウスに音楽を聴きにいく理由だ。
先日あった会社の新入社員の歓迎会。
上司が新入社員に好きなアーティストを質問する。男の子が答えた流行りのバンドを「知らない」という上司。話を変えて、夭折した伝説のシンガーや、すでに解散している海外バンドの良さを熱弁する。反応の悪い新入社員に「教養として知っておかないと」と不満そうな上司。「今のアーティストのライブに行くのもいいけど、過去の良い音楽を聴くことも大事だよ」という人生の先輩からの、ありがたいお言葉を投げかける。
音楽はライブで聴いてこそ、だと僕は思っている。
音源を聴くだけでは気づけない感情や背景がある。
ライブハウスで体感した温度や匂いが音楽に乗り移り、記憶として残る。
人生の数だけ、音楽は表情を変える。
学生時代にYoutubeで聴いていたMOROHA。
ライブハウスには、コメント欄の代わりに、隣で聴く人々がいる。
駅に向かう道すがら、横を歩いているこの人たちの人生を知りたいと思った。