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20241009-01 道化師のソネット
『翔べ イカロスの翼』草鹿宏、一光社、1978
50年近く前の本。今も実家の本棚にちゃんとある。
さださん主演の映画になる前に読んだ。同じ著者の『勇者に翼ありて』を先に読んだからだろう。試合中のけがで車椅子になった関学ファイターズのエースQBのノンフィクションだった。
聞こえないことでやらかした、たくさんの恥ずかしいことから逃げるように、恥ずかしい記憶を消すために本に救いを求めていたころ。恥ずかしいのは聞こえないことではなくて、そこから逃げることなんだとわかるには幼すぎた。草鹿さんの本はいずれも勇気ある主人公のノンフィクションなのに、勇気を出すのは決まって主人公で私ではなかった。何のために読んだんだか。
そんなヘタレが勇気を出すには、『あの日、小林書店で。』の主人公が店主の小林由美子さんに出会って成長したように、私を成長させてくれた先輩に出会うまでの10年以上の年月が必要だった。
そんなヘタレは、さださんの歌に励まされながら、さださんと同じ時代を生きてきた。映画の主題歌で、さださんはこう励ましてくれた。
「いつか真実に 笑いながら 話せる日が来るから」
その「いつか」は本当に来る。その「いつか」を信じることが、人のよりどころになるのだろう。至言である。
あの夜「道化師のソネット」を歌ってくださったのは、私の一生の宝物になった。あれから何度か見返したが、そのたびに同じ結果になる。嗚咽だ。
そんな夜の話を、Amazonのブックレビューに書いた。
上手くリンクできてなかったので転載(241126)
『人生で大切なことはすべてさだまさしから教わった』
そんなタイトルの本だっていつか出てくるだろうけど、さださんはきっと嫌がるだろうな。そんなことを思うファンのための一冊。「みんな頑張ってきたよね。ここでいったん小休止してまた歩き出そうよ」そんな行間が伝わって来る人生の一里塚となる本。
「私は子供の頃からあなたの歌が好きで、父に買って貰ったあなたの詩集を書き写すことで文字や文章を覚えました」(pp.2-3)
これはとある知事さんの言葉の紹介である。そのとおり。私なんかは、今だって心がすさんだときにさださんの歌を写経する。こんな同志は多いんじゃないか。本書はその行為の意味の再確認に読者を導き、そのための手段を提供してくれる。
私がひとつだけ違うとすれば、さださんの『噺歌集』シリーズで人との会話を学んだことかもしれない。というのも、聴覚障害に苦しむ中で、人との会話をこの本で学び、この本に人生を救ってもらったから。私の中のさださんの歌は「うつろひ」までで、次のアルバム「夢の轍」で絶望に至り、そこで途切れた。でもそれでよいと思っている。なぜならば、それまでの歌でたくさんの哲学(文学を超えて人として大切なこと=哲学だと思っている)を学べたから。
そんなさださんのアルバムの楽しみの一つは、ライナーノーツ。本書はファンのためのあらたなライナーノーツ集でもある。
さださんのやさしさを表す逸話を少し。
NHKに「今夜も生でさだまさし」という映像版セイ!ヤングがある。ある日念願かなってそれに生字幕を付けてもらえるようになった。深夜の、しかもさださんのトークの生の字幕化である。考えただけでも恐ろしいことをNHKは実現してくださった。
ありがたさをこらえ切れなくなった私は感謝のはがきを出した。さださんはそれを番組で読み上げてくださった。私以外の同趣旨のはがきもあった(はがきのおばちゃん、お元気ですか?)。
その日、番組内の恒例の一曲は「道化師のソネット」だった。
本書の帯に「歌詞をなぞり、物語を辿る。心と人生と向き合う静かな時間を」とある。ひとそれぞれの物語へのエール。これが私がさださんの歌を哲学と表現する理由でもある。そんな深い思いにそっと導いてくれる良書。さすが幻冬舎である。