「二人の世界」という言葉を一人だけに都合よく使わない。
今日、『そして羽音、ひとつ』という演劇をみた。
劇中に、
という言葉があった。
ロマンチックに聞こえるし、実際そうであるときもあるだろうけど、そうではないときもあるかもしれないなー、と思った。
そうではないときとは、この言葉が「誰かにとって都合よく使われているとき」だ。
時間とは尊いものだと思う。
時間が生んでくれる「二人の世界」もあると思う。
でも、どんな二人の世界であろうとも、そこには「一人」と「一人」がいたのだと思う。
二人の世界がどこまでいこうとも、「一人」と「一人」のままかもしれない、とも思う。
二人の世界なんてものはないんだよ、と言い切ってしまうのも味気ない。
「誰かにとっての、一方的に都合のいい二人の世界」ではない、「二人の世界」。
その景色を見るためには努力がいるだろう。
「一人」と「一人」が尊重し合い、協力して、自分の声を自分の声として届け合うことが必要だ。
時間も助けになってくれるものだと思う。
*
いいなと思ったら応援しよう!
全てがちっぽけな つみ重ね 集めたら 届くと思うの
noteを書くための活動に使わせていただきます!