頑張るための話
4年間住んでいた街を離れて会社の独身寮に入った。
まだ今週末に元の家の片付けがあるので一度戻るけれど、大学4年間を過ごした街ともお別れだ。
東京の西から東へ大移動。
そんな中で、これまでを振り返って感じた、自分の悪いところと、これから頑張るための話。
大学4年間は部活に打ち込んでいた。
体育会で、日本一を目指していて、それは遠い目標とかとりあえず言っとくみたいな目標ではなく、ちゃんと現実のものとして、目指していた。
わたしはマネージャーという立場だったけれど、それこそ大学生活を捧げたと言えるレベルで頑張っていた、と思う。
思う、というのも、わたしは当時頑張ったこと、辛かったこと、大変だったことを忘れてしまっている。
確かに辛くて苦しくて、それでもやりがいも達成感も感じていたはずだ。
就活で問われる、所謂ガクチカ(学生時代に力を注いだこと)に迷わずかけるほど。
確かに部活に打ち込む中で相当悩んで仕事に追われてしんどかったことはたくさんあったと思う。
でもいざ振り返ってみるとそんなに大変だったのか?と思ってしまう。
もっと上を目指せたのではないか?と自問してしまう。
所詮わたしがやってきたことなんて大したことなくて、部活をやる上では当然やるべきことで、それを頑張ったと言えるのか?と。
確かにあのとき、辛くていっぱいいっぱいで苦しかったはずだけど、今思い返すとそんないっぱいいっぱいになるほど辛かったのか?と。
辛かったのはただの怠慢で、真面目にやれてなかったから大変だっただけじゃないのか?と。
なぜそんな風に思ってしまうのか。
では大学受験はどうだ。
部活終わりに自習室に通っていたし、周りの期待にプレッシャーを感じて辛くても、記述模試でE判定とっても諦めなかった。
確かにあのときのわたしは頑張っていた。
そして合格した。
一番行きたかった大学に入れた。
親の元から解放されて、田舎から東京に飛び出した。
周りの人も祝福してくれた。
受験前、敬愛する政治経済の先生に言われたことがある。
「何かを全力で頑張って困難に立ち向かった経験がある人間は強い。これからの人生、何か辛いことがあっても、あのとき頑張れたという経験は絶対に君たちの支えになる」
多分こんな内容のこと。
そのときのわたしは、これだけ頑張ったんだから報われなくてもきっと自分のためになる。わたしの努力に価値はある。そう思えた。
しかし今振り返って思うことがある。
それって結果が出なくても同じことを言えたのか?
大学に落ちて、センター利用で適当に出した大学にいっていたら?
そのときわたしはわたしの努力を価値あるものと認められたのか?
ここで一つの仮説。
なぜわたしが部活動において頑張ったことを忘れてしまうのか。積み重ねた努力を蔑ろにしてしまうのか。
それは結果を出せていないから。
日本一という目標を達成できなかった。
大きな目標に対して自分ができることはもっとあったはずだという後悔、不本意な形で終わってしまった最後の大会、それらが積み重ねてきたものをすべて否定してしまっているのではないか。
もちろんわたしのせいで負けたなんて大それたことは思っていない。チームスポーツだもの。
誰のせいでもない。
それでも後悔は果てしなく、人目も憚らず泣いた。
頑張ってきたことは無駄だったのか?選手の努力は、マネージャーの努力は、コーチの努力は、部に関わるたくさんの人の思いは、無駄だったのか?
答えはノーだ。無駄だなんて有り得ない。
頑張ってきたことに対して無駄だなんて気持ちは1ミリもない。だけど、頑張っていた記憶は薄れていく。
もしかしたら、結果が出なかったから自分の努力に価値を感じられず、頑張ったことや辛かったことを忘れてしまっていっているのかもしれない。
わたしはわたしの努力を、結果という形でしか評価できないのかもしれない。
成果主義で完璧主義。
結果を出せなきゃ意味ないし、成果を生めない自分に価値はない。
なんて生き辛いのだろう。
こんな考え方で生きていくにはあまりにも辛い世界だ。
失敗は許されず、何も生み出さないことは悪で、無為に過ごすことに価値はない。
そんな生き方をしたいわけじゃないのに。
部活を引退してから約半年、卒論とバイトと酒だけの生活をしていた。
頑張った、と言えることは何もない。
卒論は大変だったけどそれはわたしがギリギリまでやらなかったからで、内容的にシビアなものではなかったと思う。
1年生のときから働いていたバイト先は1月の半ばで潰れてしまった。
唯一人間的な生活を送る軸だったバイトがなくなり、2月3月は卒業旅行とお酒と睡眠だった。
そしてコロナ。
わたしは本当に何もせずにこの半年を過ごした。
日に日に荒れていく部屋と生活、毎日二日酔いで慢性的に体調が悪く、体調がいい日は1日もなかった。
ゲームしてアニメ見て、4時に寝て11時に起きていた。
楽しかったけど罪悪感があった。
楽だったけど不安と焦りが付き纏った。
わたしはもう頑張れないのかも、と何度も思った。
明日こそは部屋を片付けようと思っても何もせずにもう夕方、なんて日ばかりだ。
でも頑張る理由も、もう思いつかなくて。
ダメな自分になりたくないって気持ちじゃ頑張れなかった。
もうダメになっちゃったから、立て直せないし立ち直れないと思っていた。
このときできていたことといえば、あまりに不摂生で太ったので簡単な自炊を始めたことくらい。
キャベツくらいしか入ってないスープとか、肉を焼くとか、その程度だけど。
4月なんてこなければいい、社会人として働くビジョンなんて何も見えなくて、不安で、嫌で、嫌すぎて胃腸炎になった。
それでも4月はやってきて、社会人になった。
自宅でリモート研修になりましたって、オリエンテーションの前日に言われた。
明日からはなんとしても頑張るぞと意気込んでいた決意が折れた。
4/1の入社式もない。
社会人としての自覚なんて当然ない。
リモート研修の準備が整わず、2日間ニートをしていた。
3日目から漸く働く環境が整った。
8:40朝礼、17:00夕礼。
最初は8時過ぎても起きれなかったし、昼寝がしたくて仕方なかった。
社会人のわたしの活動時間は、自堕落なわたしにとってのベッドの上で過ごす時間だったのだから無理もない。
それでも必死にベッドから這いずり出て研修を受けた。
自炊はなんとか続けていた。
夜は湯船にお湯を張ってスマホをぽちぽちいじりながら1時間くらい浸かっていた。
1週間くらいして、12時には眠くなるようになった。
いつのまにか6時半にセットした目覚ましより先に起きるようになった。
何が起きたのかわからないけど、研修が始まってからわたしは恐ろしく健康的な生活にシフトした。
自分のことをめちゃくちゃ褒めた。
正直研修をめちゃくちゃ真剣に受けていたとは言い難いけど、あんなに思ってもできなかった生活リズムを戻すということが、気づいたらできていた。
ここで手放しに自分を褒めておけばいいものを、でもそんなちゃんと研修受けれてないし、やっぱり頑張れてないじゃんと思ってしまった。
やっぱりわたしはできたことよりできなかったことに目を向けてしまう。
こんな性格嫌だなあと思いながらも、もうひとつ気づけたことがあった。
それは責任があればなんとかなるかもしれない、ということ。
社会人になったから、そんな意識が徐々に芽生え、ちゃんとしなきゃという気持ちが行動に結びついた。
部活をしていたときもそういう節はあった。
ちゃんとやらなきゃ自分だけではなく他の人にも影響が及ぶ、という気持ちで動いていた部分は少なからずあった。
自分のためだけには頑張れなくて、頑張れない自分は嫌いで、何も為さない自分は嫌で、ダメなことが一つあると全部ダメになってしまう。
さてこれからの人生、どうやって生きていこう。
何かしらの責任を負う。
当面は社会人としての責任。
それに付随する形でその日の頑張ること、タスクを決める。
どんなに小さなことでもタスクを達成する=結果を残したという意識を持つ。
そしてそれができたらちゃんと自分を褒めてあげる。
まずは達成可能な規模と量から始めてみようと思う。
成果主義はもう治らないと思う。
ずっと結果だけで褒められてきたから、今更それを治すのには同じだけかそれ以上の時間がかかる。
だけどそれを緩めてあげることはできるかもしれない。
今までの高すぎる努力の基準を少しずつ下げてやる。
あれだけ自堕落でどうしようもない半年を過ごしたのだから、まずはタスクを一つでも遂行できたら充分頑張っていると言えるだろう。
理想が高いから完璧を求めてしまうし、結果で評価されてきたから結果を求めてしまう。
自分のことを認められないのは、本当はもっとできるはずなんだっていう自己評価の高さの表れだ。
でも自分が何も為さなくても生きていけてしまう人間だってこの半年で痛感した。
この自覚が新しいスタートラインになればいい。
平々凡々な人間がイチから頑張るためには、社会人になるこの春は都合が良い。
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