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発酵とキングチリの出会う場所

前回、北東インドのメガラヤ州で「幻のターメリック」こと「ラカドンターメリック」の原産地(詳しくはこちら)を訪ね、農家のコミュニティを支援しモディ首相にも表彰されたトリニティさんのお宅に農泊した時のこと。夕食中にトリニティさんから次の旅先を聞かれたので、私は、

「キングチリを見に、ナガランドに行ってみたい」

と答えました。ナガランドというと何だかテーマパークみたいですが、北東インドのセブンシスターズと言われる7つの州の一つで、ミャンマーと国境を接しています。そこは、世界一辛い唐辛子としてギネスブックに載ったこともある唐辛子「キングチリ」(正式にはブート・ジョロキア)の産地として知られているほか、近年ブームの発酵食品において、注目すべきユニークな食文化があるのです。

そんな私の関心を聞くないなや、トリニティさんはその場で誰かに電話をはじめました。そこそこ長めの電話の後、

「今、うちのラカドンターメリックを買っているサプライヤーに、あなたがキングチリを見にナガランドに行きたがってると伝えたの。ぜひ来てって言ってるから、彼を頼りに行ってみるといいわ。家族みたいにケアしてあげてねって話してあるから、安心して。」

そう言ってサプライヤーの連絡先を教えてくれました。このスピード感と面倒見の良さが、彼女の仕事にも現れているなと感心しつつ、紹介していただいたズルさんと連絡を取り、その足で北東インドのナガランド州に向かうことにしました。

メガラヤ州の州都シロンにシェアタクシーで戻り、そこから深夜バスでナガランドの州境にある都市、ディマプールへ。途中、ズルさんから何度も移動やホテルの詳細情報が届き、さらに彼が住んでいる州都のコヒマから3時間ほどかけて私をディマプールまで迎えにきてくれるという連絡が。申し訳ない気持ちになりつつも、「家族みたいにケアを」というトリニティさんの言葉のまま、実行してくれているズルさんのご厚意をありがたく受けることにしました。

朝5時頃に到着し、チャイを飲みながら明るくなっていく街並みを見ていました。しばらくして近くに止まったジープから男性が降りてきて「ミサ?」とこちらに駆け寄ってきました。そうして出会ったズルさんは、チャイを飲みに入ったお店のスタッフに「どこ出身なの?」と世間話をしたかと思えば、「彼女にナガのスペシャルミルクティを頼むね」と言ってもてなしてくれるのでした。

ディマプールのバススタンドの朝

ズルさんは軍への食料のサプライヤーもしながら、近年スパイスの輸出のために新たな事業を立ち上げたのだそうです。最近ではディマプールからコヒマに向かう途中に土地を購入し、そこでオーガニックのスパイスを育てる計画をしています。以前記事でご紹介したメガラヤ州やシッキム州と同じく、ナガランド州にもヒマラヤ造山帯のローム層があるため、オーガニックでハイクオリティなスパイスが育つのだと言います。

そんな話を聞きながら、ディマプールから車で約1時間、ズルさんが購入した土地の近くまでやってきました。道路沿いのお店はクローズしているところが多く、年末のホリデームードが漂う中、彼の紹介でキングチリを育てている農家の方にお会いすることができました。

ロング・カイ・ダイ村のカハロンさんは、先祖代々受け継いだローム層の丘でオーガニック農業を営んできました。キングチリ以外にも、地元の品種の香りの強いジンジャーや、ターメリック、ヤムイモ、マスタード、レモンといった作物を育てています。早速キングチリのある場所に案内してもらうと、上部を切られた竹の根元にキングチリが植っています。私は興奮して、その理由を尋ねると、

「私たちは農薬や肥料どころか、水も与えず、全て自然の力に任せてる。でも雨が充分に降らないこともあるから工夫が必要なんだ。それがこの竹の根っこを使って敷地に水を蓄える方法。自然の灌漑みたいなもんさ。キングチリを竹の根っこのそばに植える方法は祖父から伝わっているから、少なくとも100年以上は受け継がれている手法で、こうすると収量も増えるんだよ。」

と教えてくれました。実は、私の働くNGOでサポートしている社会起業家が、竹のアグロフォレストリーで森林を再生させるプロジェクトを行なっていて、彼への支援を通じて竹の保水力については学んでいたので、その原理はすぐに理解できました。驚いたのは、科学的な実証が行われるよりもずっと前から、植物の力を使った灌漑のこの手法がこの地で実践されていたこと。特に近年は北東インドの多くの地域で気候変動による高温や降雨量の減少が見られるため、この手法はさらに注目されていくかもしれません。

竹の根っこのそばに植えられたキングチリ
近くで見るとこんな感じ

キングチリは通常、3月から4月にかけて種まきをし、6月頃から実がなりはじめ10月にかけて定期的に収穫していきます。私が訪問した12月はオフシーズンですが、それでもポツポツと赤く実ったキングチリが見えました。カハロンさんは現在、ホワイト・レッド・ブラウンの3種類のキングチリを育てていて、現在はコヒマの卸売業者に販売しているのだとか。ブラウンのキングチリがあるのは初めて知りましたが、試しに乾燥させたものをかじってみると、赤い方よりもほんのりスモーキーな香りがしました。

カハロンさんと息子さん、ズルさんと農園にて

キングチリはインド北東部、ナガランドを原産に州境を接するマニプール州、アッサム州にまたがって、激辛ブームのはるか昔から、何世紀にもわたって伝統的な料理に使用されてきました。辛さを測るスコヴィル値は100万と、ハバネロの3倍以上の辛さがあると言われますが、17世紀頃から使われていたという記録もあり、この地域の食文化を語る上では外せない存在です。一体どんな料理に使われているのか?ズルさんにお願いして、コヒマのお宅で奥さんに作り方を教えてもらうことにしました。

ナガランドに暮らすナガ族には主に16部族で構成されていて、それぞれ異なる文化を共有しています。例えば発酵食文化の中でも日本と共通して食されている納豆は「アクニ」と呼ばれ、同じナガ族でも部族によって種類が異なるそうです。ズルさんの奥さんはマニプール出身ですが、ナガランドの料理や食材についても詳しく、マスタードの葉の絞り汁を煮詰めて発酵させたペーストや、ヤムイモの葉っぱを潰し灰の中で焼いた「アニシ」など、様々な発酵食品について教えてくれました。キングチリはこれらの発酵食品と一緒にチャトニにしたり、ポーク・ナガという豚肉を使ったカレーに使われるそうです。

コヒマはマニプール州のインパールから車で4時間程度の場所にある丘陵都市。第二次世界大戦のインパール作戦で多くの方が亡くなった、日本の歴史と切っても切り離せない場所。写真はコヒマ・ウォー・セメタリー

この日は特別に、ズルさんが兄弟に頼んで送ってもらった、アオという部族に伝わる蟹の発酵ペーストを使ったブラックチャトニの作り方を教えてもらいました。といっても、作り方は至ってシンプル。蟹の発酵ペースト小さじ2杯とキングチリ2個、ニンニク3カケを潰し、塩を加えるだけ。さぞや辛いだろうと恐るおそるいただくと、熟成した蟹のペーストの風味のおかげでマイルドな仕上がりに。日本人の大好きな「ご飯の友」にぴったりの美味しいチャトニでした。

もう一つ、ナガランドの料理で特徴的なのは、薪の火を使った料理。炭の中に食材を入れて焦がしたり、網の上で燻したりします。ポーク・ナガの作り方も教わると、発酵筍のジュース、焦がした唐辛子、燻製したアニシ、納豆を加えていました。豚肉の油に溶けた唐辛子の辛味、アニシのスモーキーな香り、発酵筍と納豆の旨味。さらに庭から積んできて入れたローカルバジルが効いています。それはもう圧倒的で、スパイスの旅史上、最も美味しい料理の一つに輝きました。

蟹の発酵ペーストとキングチリのブラックチャトニ。芳醇で刺激的
ヤムイモの葉っぱを潰し灰の中で焼いた「アニシ」
大豆を発酵させた納豆「アクニ」ドライタイプでほんのりしょっぱい

ナガ族の人たちの伝統料理の作り方を学んで、改めて感じたのは「辛いものを美味しく食べることができる、豊かな食文化」です。最近Yahoo!ニュースで、近年激辛ブームの低迷に嘆いている農家の方の記事を拝見しました。そこで訴えられていたのは「激辛はもっと美味しくなるはずだ」ということ。そのヒントは、この地域の人たちの食文化にあるに違いありません。

最後に触れておきたいのが、そんな豊かな食文化を有するナガランドや、隣のマニプールの抱える課題について。同じくキングチリの産地であるマニプールでは、昨年5月に多数派でヒンズー教徒が主なメイテイ族と、主にキリスト教徒のクキ族との間で武力衝突が発生し、多くの方が亡くなりました。また女性への暴行が多発する事態も。マニプールでキングチリを含む農家のボトムアップをしている社会起業家の知人とコンタクトを取り、ギリギリまで滞在を検討しましたが、情勢不安で彼女も活動休止を余儀なくされていたので、その望みは叶いませんでした。

「ナガランドもマニプールと同様に、武力闘争が長く続いたことで経済成長の足枷となり、豊かな風土や文化というポテンシャルを活かせずにいるんだ。」

とズルさんが言いました。彼は勉強熱心かつ英語が堪能で、気候変動に関する情報、とりわけ農業に関連する分野についてとても詳しく、さらに今後自社で生産する「ラカドンターメリック」や「ブラックターメリック」の健康効果についてカナダの研究者と連携して独自にリサーチを行うという積極性。ズルさんのようにグローバルな視点でローカルに活動できる人の存在も、その潜在価値の一つでしょう。

近年日本政府も開発支援に力を入れている北東インド。外に対して閉ざされていた扉が今、情勢不安に躓きながらも少しずつ開かれています。先進国が真っ先に失ってきた魅力的な文化や自然を、守りながら発展できるように、ほんの1ミリでも貢献できたらなと強く感じました。もちろん、この地で生まれた特別なスパイスたちを通じて。

ズルさんの奥さんお手製のポーク・ナガ・アニシ
伝統的なナガランドの木の器でいただく。ポーク・ナガ・アニシ、チキン・ナガ、マスタードリーフチャトニ(黒色)、ターメリックチャトニなど


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