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地を這う

老いてあの世に還ってゆく過程には、共通点があるということを教えてくれたのは、祖父母や愛犬の死だった。
最初に自分の足で歩けなくなった。その後、食べるという生命の維持に最も必要な活動が完全に止まった。
彼らは生命の流れの過程の中のひとつとして、抗えない、その流れを止める死があるということを教えてくれた。
死は怖いと思っていたけれど、生命の水が少しずつ枯れてゆくような、静かな変化にすぎないように、今では感じている。
だから私は、どんなものであれ、食べるという行為を継続している限りは、命は繋がってゆくはず、と考える。そして、その逆もまた自然の流れとして、当然起こりうる。

最近、映画館で2本続けてドキュメンタリー映画を観た。
1本目は、医師で土木技師の中村哲さんの、アフガニスタンやパキスタンでの35年間の活動を描いた『荒野に希望の灯をともす』だ。
そして、2本目は、福島の震災と原発事故からPTSDやこころの病を発症した人々と、彼らを見守る医師やNPOの職員を描いた『生きて、生きて、生きろ。』だ。

9.11のツインタワーの事件に、3.11の福島の原発事故は、多くのジャーナリストが指摘するとおり、共通する組織が背景にある。
アフガニスタンと、福島、全く違う土地の出来事なのに、なんだか遠いようで、ものすごく近い、そんな想いでこの2本の映画を観た。
そして、この映画の最大の共通点は医療と食の問題だった。

中村医師は、海外での医療支援をとおして、自身が患者に施したものが果たして正しかったのかどうか疑問を持っていたこともあったという。
そんな中、アフガンを襲った大干ばつで農業が壊滅し、飢えと渇きで医療どころではなくなるという事態が発生する。それに追い討ちをかけるように、9.11同時多発テロが襲った。
本作を観ていると、明日の命の保障もない人々で溢れている状況の国が、本当にテロを起こすのか違和感しかない。
テロを受け、一時帰国をした中村医師が、マスコミの情報ではなく、まず現地の状況を観察してから真実を判断するよう訴える姿が印象的だった。
その後、アフガンに戻った中村医師は、農業用水路の建設に挑むこととなる。
明日、生きるための食べ物が生産できる希望を持った現地の人たちが、日に何百人も現場に自ら赴き、作業を手伝っていた。
水路の竣工後、徐々に農業を再開してゆくが、食べることがそのまま生きることに繋がっている人々は、ただただ強かった。

一方の日本では、多くの人が農業とは切り離された生活を送り、一見豊かで食べ物に困ることはまずない。その分、アフガンより複雑だ。
資本主義社会の中、生きることの目的が、お金を稼ぐこと自体になってしまうことがある。モノに換算して生きることの価値を計る結果、生きる意味の有無を短絡的に決めつけてしまったりする。

福島が舞台の2本目の映画では、被災後、息子を自死で亡くし、生きる意味を喪失し、自殺未遂を繰り返す、アルコール依存症で苦しむ孤独な父親が登場する。
日に日に憔悴し、回復は絶望的に思えた。しかし、NPOの職員が気遣い、彼の出身地である北海道のジンギスカンを一緒に作って食べたことにより状況は好転する。
ラストで、彼は運転免許を取得し直し、とある場所に向かうことができるまでに回復するのだ。
食べることを再開すれば、また人は再生することができる、そんな一見当たり前にも思えることを、示してくれた映画だった。

アメリカ軍の戦闘ヘリから銃撃も受けていたという戦火の中、医師の活動を停止し、生きるためにひたすら水路を造った中村医師は、こんな言葉を遺している。
『彼らは殺すために空を飛び、我々は生きるために地面を掘る。』

私はずっと、ヒーローと呼ばれるような存在が現れてくれるのを待っていた。だが、現れることはないと、最近ようやく悟った。
私は空ばかり見て、リアルな世界の観察を怠っていたのだ。
私のリアルな世界を救えるのは、そこに生きる人たちとしかできない。現場にいない、ましてや空を飛んで高みから見学していたり、同じ目線に立つことのできない存在には、不可能なのだ。

医療と向き合う中村医師の顔は、暗い。
ところが、スカウトして呼び寄せた日本からきた農業土木の技術者や、農業の専門家、そして、水路に集う現地の人々と映っている中村医師は、満面の笑顔で、土木を楽しみ、心底愛していたことが分かる。

私は中村医師と同じ、農業土木の技術者だから、何となくその笑顔が理解できる。
構造物を計画する際、どこまでが自然に対して許される行為なのか、毎回悩む。なのに、構造物が農業生産に与える効果は一目瞭然で、達成感がある。
だから大変なことも多いけれど、土木はすごく楽しい。
土木を学んでいた頃、河川の流れや、そこにある構造物の観察で、ただ面白くて興奮していた。ただ土木が楽しかった時期が、私にもあったことを思い出した。
生きるために地を這ってでしか発見できないものと、なし得ないことがある。

現実に足を着けて、歩み、生きることはすごく楽しいということを実証した人々がいる。
だから私も、仮想世界の箱を突き破って現実世界に戻り、五感を研ぎすまして観察し、真実をつかみ直したいと思うのだ。

(完)


本記事に記載の映画は、以下のとおりです。

なお、本記事を書くにあたり、『劇場版 荒野に希望の灯をともす』を参考にしました。

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