ヒンメルストラッセ
サン=テグジュペリの『星の王子さま』の中で、私が最も好きな箇所は冒頭の献辞だ。
そこには、レオン・ウエルトというユダヤ人に本書を贈る理由がこう書かれている。
『そのおとなの人は、むかし、いちどは子どもだったのだから、わたしは、その子どもに、この本をささげたいと思う。おとなは、だれも、はじめは子どもだった。(しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない。)』
私がほんの小さな子どもだった頃、初めてその言葉に触れた瞬間、癒しとも安心とも、衝撃ともつかぬ奇妙な感覚に襲われた。
大人になっても、ずっとその感覚は続いている。
そして、この言葉は、子ども時代の私がずっと後悔し、消し去ることができずに、共に生きている記憶を抱えている今となっては、逆にこう言えるのではないか、と思っている。
『おとなは、だれも、はじめは子どもだった。(しかし、そのことを想像できる子どもは、いくらもいない。)』と。
決して消えない記憶とは、ある大人が貶められるのを分かっていたのに、『チクった』と揶揄されるのが怖くて助けてあげられなかったというものだ。
計画を実行した子どもたちと、私を含む傍観していた子どもたち、両方に想像力があれば、未来は間違いなく変わっていた。
それから私は、数学や物理等の数字だけを追う学生時代を過ごした結果、『星の王子さま』に登場してくるような典型的な想像力のない、つまらない大人になってしまった。
子どもの頃に学ぶべき、学問以上の大切なものが、この世にいっぱいあることを、今は痛感している。
子どもの世界に現れる影は、概ね社会で起きている事象の現れである。
果たして子どもの時の私を、今から助ける方法なんてあるのだろうか。
そのヒントをもらったのは、深夜、何気なく聴いていたX(旧Twitter)のスペースの録音だった。
そのスペースとは、TODAY IS THE DAY財団の代表で、写真家の平川典俊さんによるものだ。
TODAY IS THE DAY財団とは、世界で活躍する傑出した才能を持つアーティストや、アート関係者によって設立された、アートで未来を描く団体である。
2014年からは、津波、原発事故、地震災害によって、深刻なトラウマを持った福島の子どもたちのこころを、アートの力により治療する取り組みを実施してきた。
現在は、WUZU WUZUというプロジェクトを立ち上げている。
このプロジェクトは、コロナ禍、災害、戦禍、社会や家庭の機能不全によって深刻な影響を受け、PTSD(心的外傷後ストレス障害)で苦しむ子どもたちを、投薬に頼らない、アートセラピーを用いた前代未聞のゲームで治療しようというものだ。
平川さんの放送に話を戻そう。
ヒントを得たのは、平川さんの放送で聴いたヒンメルストラッセからだった。
ナチス政権下の時代、ユダヤ人に限らず150万人にものぼる子どもたちが、強制収容所に送られた。子どもたちは、最寄駅まで貨物列車で運ばれ、そこから先は歩いて収容所に向かったという。
子どもたちがその道をとおったのは往路だけだったことから、ヒンメルストラッセ、つまり、天国の道と呼ばれている。
亡くなった子どもの多くは殺害された他、自害しているそうだ。
特筆すべきは、特別な日(クリスマス等)に解放されると願掛けした子どもたちのことだ。その子どもたちは、当日になっても願いが叶わなかったことにより、希望をなくし、衰弱死したという。
わずかに生き残ったのは、収容所から脱走した子どもたちだけだった。ところが、多くは、自害もしくは、当時のトラウマに苦しみ、立ち直ることができないまま、人生を終えているという。
平川さんは、この教訓を活かし、早期にアートを用いて、子どもたちをトラウマから解放すべく、活動している。そして、子どもたちの未来のためは、自分のためになるという。
そんな平川さんの活動を応援しているボランティアが、『WUZU WUZU支援グループ』だ。
メルカリで、ステッカー等を販売することにより、その売り上げをゲームの開発資金に充てている。
アートも、子どもの教育も全く分からない私ができることなんて、ほんのわずかなことだが、ステッカーを購入することにした。
その際、担当された方に、『平川さんが、どんな写真を撮影されるか分かるものがあれば、いただけますか?』と問い合わせたら、2012年に群馬県立美術館で開催された『木漏れ日の向こうに』のカタログを出品してくださった。
そして、よもや、よもや、その方はメルカリでメッセージを交わしただけなのに、X上で偶然私を見つけてくださった。
私は、メルカリでもっと色んな可能性が広がったらいいなと思っている。
そして、子どもたちや、かつての子どもたちが、WUZU WUZUを通じて元気になって、ヒンメルストラッセの復路を歩むのではないかと、そんな夢を抱いている。
(完)
本記事を書くにあたって、TODAY IS THE DAYのホームページと、WUZU WUZU支援グループのチラシを参考にしました。
また、下記文献を参考にしました。