【第8回:黒田清輝】おしえてトーハク松嶋さん!
「おしえて北斎!-THE ANIMATION-」は、絵師になることを夢見るダメダメ女子高生の前に、歴史上のスーパー絵師たちが次々と登場し、絵が巧くなるコツと夢を叶えるためのヒントを伝授していく、“日本美術”と“人生哲学”をゆるく楽しく学べるショートアニメーションです。
監督は、原作の著者にして生粋の日本美術マニアでもある”いわきりなおと”。そして、本作の日本美術監修をされたのが、東京国立博物館(トーハク)研究員の”松嶋雅人”さん。このお二人が、本作に登場するスーパー絵師たちについて語るロングインタビューを8回に分けてお届けします。
いよいよ最終回となる第8回目は、第8話に登場するスター絵師”黒田清輝”(1866年~1924年)。明治大正時代に活躍した洋画家。留学先のフランスで絵画を学ぶ。近代洋画家の父と呼ばれる。
【黒田清輝ここがすごい!】
監督:第8話、最後に登場する絵師ですが、原作では伊藤若冲です。てんこりんが自信をなくして家に引きこもっている時、同じく引きこもりだった経験のある若冲が降臨します。ただ、アニメーションでは、てんこりんと母親の関係性を際立たせていることもあって、「自分が好きなことを貫く」というテーマで、絵師を黒田清輝に変更しました。彼は元々、法律を勉強するためにフランスへ留学するのですが、途中で絵の道に進みたいと心変わりして、父親に大反対されます。でも最終的には、自分の決めた道を選んで、後に日本の「近代洋画の父」と言われる人物になりました。パブリックイメージはおじさんですが、アニメーションでは希望に満ち溢れた美少年にしています。
松嶋さん:黒田清輝は、親の反対を押し切ってパリで画家になった人です。何度も手紙を書いて父親を説得しました。第2話に登場した高橋由一もそうですが、明治時代の人々はこの国のために何かしなければならないという強い思いがありました。なぜ法律なのかというと、この時代にはまだ日本に憲法というものがなかったので、西洋から学ぶ必要があったからです。黒田の義兄が外交官をやっていてそのツテでパリに行くことになり、父親からの金銭的援助も受けて、しっかりと法律を勉強して来いということだったようです。しかし、パリへと向かった後で、日本政府がドイツ憲法に倣った法律体系を作ってしまった。黒田は、フランスで法律の勉強をしている意味が無くなり、このままではフランスの法律の専門家で終わってしまうというジレンマに陥ってしまいます。そこで法律の勉強をしながら、芸術にも関わることになり、そこで絵を褒められたんですね。パリでは芸術画家の地位が高いので、パリで絵を学べばそれが日本の為になると理屈をつけて父親へ説得を試み、ラファエル・コランやアカデミー画家に師事しました。世界中の芸術家が集まるパリで、日本の芸術的な高みを示すという目的を達成するために動いているんですね。やがて、文科大臣に呼ばれて、東京美術学校(現、東京芸術大学美術学部)で教えないかと誘われ、帰国に至ります。その後、黒田が東京美術学校で中心的な立場に立つことになり、美術教育授業の枠組みができていきました。さらに、パリで学んだ方法論を展開し、学生たちに学校教育の場で学ばせて、芸術家たちに発表させたりもしました。なので、「近代洋画の父」というよりも、厳密にいうと「近代美術の父」なんですね。
【黒田清輝・裏話】
松嶋さん:黒田清輝の特徴は何かというと、「個性がないこと」なんですよ。通常、画家の作品は、年代別に並べてみると、徐々に変化が生まれていって、それが作家の個性にもつながるのですが、彼の場合、一貫性がないんですね。どういうことかと言うと、頭で考えて描いているんだと思います。印象派風に描いてみたり、あるいは日本画風に描いたり、仏画的に描いてみたり…色々試しています。頭の中で“何か”を描きたいというのはあるんですけど、その“何か”を最終的には体現できなかった人だと思います。
しかしながら、今の日本芸術の枠組みを作ったのは黒田清輝です。日本近代洋画の先駆者の浅井忠も作中に出てくる高橋由一も、黒田同様に日本芸術の枠組みを作ろうと奔走した人ですが、黒田が、政治的な意味で全国的な美術行政を統率し、さらには日本美術の示し方や価値づけをする枠組みを作りました。近代の日本美術史において、非常に重要な人物です。そこから新しい芸術が生み出されているかどうか、考え方は様々ですが、今の日本近代芸術の起点には黒田清輝がいる。それは伝えていきたいですね。
★第1回:尾形光琳はこちらから
★第2回:高橋由一はこちらから
★第3回:狩野永徳はこちらから
★第4回:白隠慧鶴はこちらから
★第5回:歌川国芳はこちらから
★第6回:岸田劉生はこちらから
★第7回:上村松園はこちらから
8回に渡ってお送りしました「おしえてトーハク松嶋さん!」。お読みいただきありがとうございました。読んでくださった方の中で、一人でも多くの方が日本美術に興味をもっていただけることを願っています。
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