あなたが夢に出てきました。
「元気?昨日あなたが夢に出てきたから、なんとなく気になってLINEした」
20年ほど前に仲の良かった友人から、そのような連絡を受けた。
最近、心が落ち着いていなかった私は、夢で何かしでかしたのではないかと不安になり、そのメッセージに返信したが、夢自体は特にネガティブなものではなかったようだ。
彼女とは中高の6年間を一緒に過ごしたが、その時は特にこれといった関わりはなかった。
しかし、大学を出て社会人になってからは、よく遊ぶようになった。それは、外から見ると、普通のカップルのようだっただろう。週末に買い物に行ったり、食事をしたり、たまにはテーマパークやコンサートに行ったりした。
ただ、彼女は、私のことを「幼なじみ」と呼んだ。
私はそのことに違和感を覚えたが、彼女が友人に私との関係性、すなわち、付き合っているわけではないが、仲が良く、頻繁に会っているということを説明するために、そのような表現が都合が良かったようだ。
彼女は、関西ではお嬢様学校として有名な神○女学院大学に通っていた。
その当時流行っていた、さんまの「恋のから騒ぎ」に出てきそうな女性がたくさんいそうなところだ。
社会に不慣れだった当時の私にとって、そのような女性を相手することは容易ではなかった。
彼女からは、女性とデートする際に男性が意識すべきことをたくさん教えてもらった。
歩道を歩くときは男性が必ず車道側を歩くように、というもっともなものから、会計では黙って一万円札をさっと出せ、というような不可解なものまで。
教わったことのすべてが有益だったかは疑問だが、彼女と過ごす時間の中での学びにより、私はその後の人生で少なからずの恩恵を受けることができたとは思う。
ただ、私にとって彼女が特別だったことは、そういうことではなかった。
私は、彼女に対して初めて、「死にたい」と打ち明けることができた。
それは、彼女自身も精神的に病んでいたからだった。それゆえに、私も自身の苦しさを包み隠さず話すことができた。
「幼なじみ」の彼女とは将来を考える仲とはならず、その関係も私の他県への異動をきっかけに1年少しで終わることになった。
彼女はその後結婚したが、精神的な苦しみは続いたそうだ。ただ、あるとき、生死をさまよう経験をした後、今は落ち着いて生活できているとのことだった。子供ができたことも大きかったかもしれない、と話していた。
私の方はと言うと、彼女との関係を終えた1年後に、魂の強い結びつきをもった女性(元妻)に出会うことができた。さらにはその数年後に、インドでツインソウルと思われる女性にも出会うことができた。
今思うと、彼女に対して「死にたい」と口にできたおかげで、本心を隠すことなく自身の外に出すことによって、私の人生は開けていったのではないかと思えるほどだ。
そう思うと、彼女に「ありがとう」と言いたくなった。
また、辛いところから抜け出せてよかったねと、彼女の復調をまるで身内ごとのようにも嬉しく思えた。
彼女は、当時の私に助けられた、感謝している、と伝えてくれた。
その頃の私は彼女に手を差し伸べた覚えなどなかったので、彼女のその言葉は意外だった。
と同時に、私がこの世に存在したという事実を、少しであれポジティブにとらえてくれている人がいるということに、私は大きな救いを感じた。
昨晩はその安らかな気持ちのままで眠りにつくことができた。このまま人生を終えることができたらいいのにな、と思うほどに。
だが、幸か不幸か、このゲームは続いていく。
でも、人生を生きていれば、そのような心がほっとできる瞬間は、(ときどきではあるが)必ず来る。
そのような、いつあるかも知れない人生の給水ポイントに淡い期待を抱きながら、今日も息切れしない程度に進んでいこうと思っている。
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