山梨大ADP 人類学の視点 2024年12月13日
15:45用意
16:30 家を出る
ちょっと早く出過ぎて、
有楽町に18時前に着いてしまうが、
会場は空いてた。
今日は楽しみにしていた、
JAISTの伊藤先生の授業です。
若干のPCトラブルで開始がちょっと遅れました。
■社会/文化人類学の視点
デザインの実務にどのように架橋しうるか
北陸先端科学技術大学院大学 (JAIST) 教授
伊藤泰信さん
▼文化人類学の視点
ここ数十年日本でも実践されるようになってきた
「ビジネス人類学、ビジネスエスノグラフィ」は商標登録されている
文化人類学者が組織や製品・サービスのデザインなどの実務に 参画する、
実務家と協働する、ということが、 ここ10数年日本 でも実践されるようになっています。
ビジネス人類学(business anthropology) やビジネスエスノグラフィ(business ethnography)という名前で産業界で も知られるようになりました。
また、それらとオーバーラップする領域で、 文化人類学的視点 をデザインのプロセスに導入する、 デザイン人類学 (design anthropology) も取り上げられるようになっており、 デザインの現場に文化人類学者が参画することも珍しくなくなりつつあります。
ビジネス/デザイン人類学や、医療人類学など、○○人類学(連子付ノ人類学)は色々あり、
違いもあるが、 根底にあるのは、
文化人類学の視点(異質馴化/馴質異化など) や方法 (エスノグラフィ、エスノグラフィックリサーチ) であり、 それらの有用性が注目を 集めつつあるということ。
本講義では、文化人類学の概略を紹介しつつ、受講者とともに、文化人 類学的視点や方法の (デザインなどの) 実務への導入、 その可能性と限界について議論の端緒をひらくことを狙いとします。
エスノグラフィは、デザインのプロセスの上流などで実務者がやっておられること、デザインリサーチやUXリサーチ等と緩やかに重なるであろう
→受講生の関心に沿って、 どのように活かしうるか、 架橋しうるか、 協働しうるか等々、 読み取って考えをめぐらせて頂けたら幸い。
▼デザイン人類学(design anthropology):
・概して、人類学を含む人文社会科学の主眼は現実の事後的な分析。
未来の形成に関与するためのツールや実践が十分でない。
・デザイン人類学で、学際的なチームや実務者との連携/協働を前提。
人類学者はデザインの過程で研究者としてのみならず、 ファシリテーターや共同制作者としての役割を果たす。 [Otto and Smith 2013, 伊藤 2024]
Yasunobu Ito
・さらに対象への 「関与」 や 「介入」 が新たな状況を生み出し、人類学者をも変えていく。 [Escobar=2024]
なお、「デザイン人類学」 と 「ビジネス人類学」 とは、 歴史的なルーツを共有。
その発展過程において収斂し、 交差している [Millar 2018, Ito 2019]。
▼自己紹介
専門は文化人類学。エスノグラフィ論
博士論文が本になっている
(先住民の知識人類学)
▼文化人類学で/を豊かにすること
‘Enriching Anthropology, Enriching by Anthropology'
伊藤研の近年の研究路線は、
一方で、文化人類学 「で」 豊かにできないか?
文化人類学で→他分野の研究や実務に貢献できる知見を。
文化人類学の視点や方法論→産業界や医療 (医学教育) への応用可能性。
他方で、文化人類学 「を」 豊かにできないか?
他分野の研究者・実務者らとのやりとり 経験知によって、→文化人類学じたいを、
より開かれた学問に。
文化人類学を、異文化の学に限定せず、産業社会に寄与する学問へと鍛え直す。
(文化人類学を、“狭いコップ”の外に出すこと。 文化人類学の拡張。
▼書籍
先住民の知識人類学 Anthropology of knowledge of indigenous people
1997年から断続的にニュージーランド先住民族 マオリ:
足かけ10年、計2年強 (1999-2001)の 現地調查 2年間一緒に暮らした。
人口500人の街
▼エスノグラフィ
文化人類学者が伝統社会を綿密に調査する方法論。
現場密着型の質的調査
▼ラグビーのワールドカップ
ニュージーランドのハカ=かっこいいが定着
マオリの人たちは英語はしゃべっちゃいけない。
英語を強要された。
80年代くらいになると逆転してくる
英語を排除する学校を作る
学校: 「トータルイマージョン教育プログラム total immersion programme」
大学:マオリ学部 (Dept of Maori Studies)を対象とした長期の臨地調査
▼ラボラトリー=スタディーズ
実験系(バイオテクノロジー系)ラボの比較研究・現場調査によって、
科学の多様性に注目しつつ、科学知識が生み出される動態・プロセスを把握。
▼HCDと人類学の対話
人間中心設計と人類学の対話によるシステム設計思想
安藤先生との共同プロジェクト
https://www.re-hcd.org/
▼医療現場のエスノグラフィ
Ethnography of medical
information, technologies and
practices in hospitals
医療現場における情報の流れを、医療従 事者の日常業務実践 (practice)、
それを取り巻く現場のコンテクスト (文脈)など との関係で、質的に調査・評価すること
▼文化人類学視点や方法を医療現場へ
医学教育モデル・コア・カリキュラム ( 「コアカリ」)とは
日本の医学教育において医学部卒業までに学生が最低限修得しておくべき学習項目を定めたもの。
昨今の医療現場において地域医療や高齢者医療、多職種連携などを実践する上で、文化人類学の知見がより求められるようになってきたことを背景に、
2017年3月31日公表の 「医学教育モデル・コア・カリキュラム平成28年度改訂版」 に、
文化人類学(および社会学) の内容が日本の医学教育史上初めて組み込まれた。
これを受けて2017年日本文化人類学会では「医療者向け人類学教育連携委員会」(伊藤泰信 委員長)を設立。「医学部の皆さんにどのように文化人類学を学んでもらうか」 について。
文化人類学の知を 医学教育へ
慢性疾患の患者の増加など、 日本の疾病構造の急変が指摘されている。
医療(医師)が直面するのは、 ますます、 狭義の治療を必要とする患者のみ ならず、 複数の慢性疾病を抱えた患者の “Life” バイオメディスンの対象
となる患者の「生命」のみならず、 「生活」 「人生」 である (星野 2003)。
医学教育のカリキュラムは、手術に代表される急性期の診断・治療を中心と した臨床に重きが置かれてきた。
→患者の 「生命」 のみならず、 患者の 「生活」 「人生」も重視した医学教育へ。
文化人類学の手法 (エスノグラフィ) を医学教育へ:
医学生は、早期体験実習や地域医療体験実習など、(医療)現場を観察する機会は多い。
しかし諸事情で たいてい診療 「見学」 型にとどまる。
→エスノグラフィ的な 「観察」 を意識することで、 見学型の実習も充実したものに。
→「観察」する目を養うことで、
- 近い将来、患者と向き合い、 診察/治療にあたる上 で、
- 病院という組織の中で、他職種と協働する上で、 有用。
- 各診療科の違い (文化の違い)をしっかり観察して把握しておくで、将来の進路選択にも、有用。
医師・医学生向けの文化人類学の教科書 (飯田・錦織編 2021)
▼最近年の取り組み
臨床(治療技術)とそれ以外 (生活者ニーズ)とを区分して、後者には関与せず、
前者に集中してしまいがちな従来の医療者目線から脱却し、患者がなし遂げたいコト (サービス)
起点で医療提供を考える視点。
(「サービスデザインの人類学」)
▼ビジネスエスノグラフィ
ビジネス人類学
実務の文脈で文化人類学およびその方法論がもちうる可能性を探る
2000年代後半から日本でエスノグラフィが実務に取り入れられている
「文化人類学/エスノグラフィの産業応用」
これまで日本はほとんどなされてこなかった、 文化人類学者による文化人類学的視点/エスノグラフィの産業応用について先駆的な研究。
産業界でやや混乱ぎみにエスノグラフィが流通している現状に鑑み、
文化人類学の視点および方法論(エスノグラフィ)の 特徴(強み)を一連の研究・調査・開発のプロセスの中でいかに活かすか、他の手法といかに組み合わせるべきか、など、それらを実務に導入する際の論点を分析・整理。
→企業その他との協働によって実践的に研究。
▼「魚は決して水の存在に気づかない」ANTHRO VISION
かつて文化人類学者ラルフ・リントンは、水の存在 にもっとも気づきにくいのは魚だ、と語った。
組織やコミュニティ etc の "中"に居ると、 当たり前が見えにくい、 気づきにくい。
他者との比較、 視点の移動 (見方を変えて見るこ と)によって自らの 「当たり前」 が違った形にみえてくる。
視点の移動、とりわけ異質馴化/馴質異化
人類学の博士号をもつイギリスのジャーナリスト、 テット (Tett, G)
AI(人工知能)と並んでもう1つのAi:
Anthropological Intelligence (人類学的知能)の有用性を説く
日本語ペラペラ
▼経済誌の記事における 「エスノグラフィ」
「エスノグラフィ」というキーワードで検索された、 ある出版社のデータベースにおける記事の数の推移。2008年からエスノグラフィ関連の記事が急に出ている
2012年頃からは、エスノグラフィを中心的に扱う紹介記事 (濃い網) から、 エスノグラフィという語彙がデザイン思考やその他の手法の紹介記事の中で使われている (薄い網)へと変化→エスノグラフィという語彙が定着したという こと
▼HOTEL ETHNOGRAPHY
息づく文化を五感で味わう、ことのできるホテル
https://www.hotel-ethnography.com
精密機器など (マイクロプロセッサの性能向上や記憶装置の容量増加、持ち運びのための小型化など)、新技術が売り物になった時代には「製品を以前より早く、より小さく、より安く」 して市場に投入しさえすればヒットが生まれた。
技術の進歩が消費者の要求を上回り (技術の飽和) 消費者がモノに満ち足りている現在、
「製品を使って人々に何をしてもらうのか」 という、ユーザーや消費者の体験 (UX,CX) が重要視
。
とりわけ、価値観や嗜好が多様化・複雑化している消費者、ユーザー。
深く理解することが、製品やサービスの開発に決定的に重要。
▼事例①
バンクアメリカ
IDEOが開発
お釣りを集めようというサービス
▼事例②
携帯用の朝ごはんヨーグルト「Go-gurt」
▼事例③
アキレス社の靴 瞬足
■文化人類学、エスノグラフィとは
▼文化人類学
今日、途上国の隔絶した村から、八イテク企業や、研究所の実験系ラボまで、ありとあらゆるフィールド (現場)を人類学は調査する。
文化人類学的なエスノグラフィという調査技法の起源は、 異文化研究から始まっている
ブロニスワフ・マリノフスキー(Bronisław Malinowski, 1884–1942)
『西太平洋の遠洋航海者(Argonauts of the Western Pacific)』
トロブリアンド諸島での交易システム「クラ交易」の詳細な記録と分析を行った著作。
▼エスノグラフィ
ギリシャ語の“ethnos" (人々) と “graphein" (書く)を語源。 もともとは、現場で調査をし、 対象となる人々の営みを記述したもの (報告書や論文) を指していた。(=民族誌)
・今日、 エスノグラフィあるいはエスノグラフィックリサーチ
(ethnographic research) は、質的 (定性的)な調査の方法論そのものを指すようになっている
(伊藤 2017,2020b)
2つの意味があるため、 やや混乱もみられる。
▼アンケートなどの定量的な調査:
・質問紙を用意する段階で 「現場はこのようになっているだろう」 「人の考えや価値観はこのようなものであろう」といった仮説を立て、それを 確かめる(検証する) のに強みを発揮。
エスノグラフィ :
「仮説を確かめに現場に行く」のではなく、現場に身を置き、 活動に参加しつつ調査を(参与観察 (participant observation))する中で、何らかの新たな気づきを得ようとする、 発見的な調査。
・現場に入る前に抱いていた調査者の勝手な思い込みや先入観を(時間を かけて) 徐々に修正していく。
・時には、調査者の思い込み先入観ががらりと覆 (くつがえ) る経験を伴うような方法(伊藤 2008:108)。
・定量的な分析を部分的に組み合わせるときもあるが、あくまで補助的。
・新たな気づきを得るためには、 短時間その場にいるだけで なかなか難しい。 ある程度の時間が必要。
・ほんのちょっと1-2時間だけ訪れた、“お客さん”に普段通りの姿を現場の人々は見せてくれるだろうか。
・ある程度の時間を費やしてその場に関わり、 普段通りの姿が見せてもらえるための信頼と和んだ雰囲気があってはじめて見えてくるものがある。
・現場の人々との信頼関係(「ラポール」)を形づくる
・少数の事例に絞って、深く掘り下げて対象を理解することに時間が費やされる
( Atkinson and Hammersley, 1998:110-1)。
・場合にもよるが、 対象となる人々の生活の場に巻き込まれることになるため、“公的”な研究者の立場と私的な立場といった線引きは難しい。
※公私混同しましょう。
「他者・他なるもの」 との出会い
→対象の人々の生の現場に自らを重ねるかたちで、 (ときに 「研究者」でなく1人の 「生活者」として) 全人格的に対象に コミットしつつ、調査。
「他者理解」とともに、自己の 「当たり前」の修正(相対化)。
▼【他者理解 】
他者の異なる論理を理解する (Make the strange familiar)
異質馴化(いしつじゅんか)
異文化を研究する文化人類学者は、調査の中で、不可解・ 奇妙 (strange)にもみえる言動に出会う。
彼/彼女らの言動という疑問を解くべく調査をしていく中で、 他者の論理を私たちにとって理解可能な形に翻訳 (説明) をする。
(これを「異質馴化 : making the strange familiar」と呼ぶ。)
(e.g. 「なぜユーザーは指示通りに使ってくれないのだろう」)
「彼/彼女らが行っていることや言っていることは、一見不可解で奇妙にも思えるけれど、彼/彼女らの生活の中で理解しようと努めてみると、 じつは理にかなっている・筋が通っているのだな」 というように。
他者の異なる論理を わかる形で翻訳 (説明) することが、文化人類学者の営為。
▼【自己相対化】
他者の視点から自己を相対化する (Make the familiar strange
馴質異化 (じゅんしついか)
他方で、異文化理解の経験をもとに、私たちが 「当たり前」 だ (familiar) と思っている事柄を、フレッシュな目で見直そうとする。
(これを「馴質異化: making the familiar strange」と呼ぶ)
「これまでは、自分たちの慣れ親しんでいる考えや価値観が、唯一絶対的な真実だと思いこんできた」。
しかし「別の文化/他者の論理から私たちの 「当たり前」を見直してみると、なるほど、 違った物事の捉え方もあるのだな」 という視点。
→ とりわけ、こうした気づき (インサイト) が、 実務においては、 新しい製品やサービス開発に繋がるとされ、リサーチの上流に置かれることになる。
▼ユダヤの成人儀礼
男性の成人儀礼:バル・ミツワ(Bar Mitzvah)
女性の成人儀礼:バト・ミツワ(Bat Mitzvah)
日本人から見ると不思議な儀礼に見えるかもしれない。
▼シュウカツ儀礼
リクルートスーツという名の儀礼服
▼新日鐵の入社式
▼不適切にもほどがある
『不適切にもほどがある!』は、2024年1月26日から3月29日までTBS系列の「金曜ドラマ」枠で放送されたテレビドラマです。主演は阿部サダヲさんで、脚本は宮藤官九郎さんが手がけました。
異なる目で見ましょう (異質馴化)、 というかけ声は簡単。
発想法や○○思考、 さまざまなやり方がある。
それらは有益。
ちまたの○○思考法などとの違い :
それが、机上の「頭の体操」になりがちなのに対し、文化人類学では、具体的な、顔の見える他者との経験から視点を獲得しようとする点にある
そのためには研究室であらかじめ計画された予定調和的な調査では不十分。 臨機応変の、柔軟な調査が必要になる。(後述)
スマホが普及する前。 小学校4年生の男の子がデジカメを手に入れた。デジカメをやや意外な用途に。
間違ってるのはどっち?
・兄が持っている人気アーチストのCDを、兄のCDプレーヤーで、かける。
・デジカメの録音機能で音楽を録音し、その間、CDのジャケットを写し続けた。
→こうして男の子は、 兄に気兼ねなく、いつでも好きな時に、好きなアーチストの曲を聴けるように。
開発者は「間違ってる」 というかも知れない。
しかし、男の子からすれば違う。 男の子の現状やニーズからすれば 「正しい使い方」。
机上では思いつくものではない。 具体的な、顔の見える他者との経験から考えるべき。
▼ヌアー(ヌエルNuer)
死霊婚 (Ghost Marriage)
女性婚(Woman Marriage)
ヌアー族:
不妊症の女性や夫を亡くした女性が、他の女性を「妻」として迎え入れ、その「妻」が生む子供を自身の子供として社会的に認知します。
▼馴質異化
「馴質異化(じゅんしついか)」のエクササイズ (1)
私たちが馴染んだ 「当たり前」を、ふだんとは違った目で見る
( = 異化する) のためのエクササイズ。
(私たちにとって身近な事例より)
■ワーク
英語の歌詞を日本語に、
日本語の歌詞を英語にするワークをしました。
(倉木麻衣の曲 You are not the only one)
■標準化(手続き化)の程度の低さ
【標準化 (手続き化) の程度の低さ】
エスノグラフィの特徴は、一言で言えば 「標準化(手続き化)の程度の低さ」。
手続き(方法)は副次的。 新たな視点開発に重きがある (発見的調査)。
「こういう手続きに沿ってやれば自ずと答えが出てくる」「特定のデータ分析 ツールを使えば自動的に調査結果が出てくる」 というような、“手続き”や“ツール” として、方法というものを想定する人もいるかもしれない。
「頭の電源を切ったような調査」
決まり切った手続きによって答えを導きだそう、という試行錯誤なしの調査、 対象との格闘なしの調査はエスノグラフィと対極にある。
エスノグラフィは、 対象とのラポールを構築しながら活動や生活の現場に入り こんで調査する方法であるため、 その調査が前もって考えた計画の通りに行くと は限らない。
活動や生活の場であるため、 偶発的な、 思いがけない事柄も起こりうる(伊藤 2021) 。
それぞれの調査対象や対象の文脈 (コンテクスト) の特性に応じて、 データの集 め方、集めるべきデータの種類、 ・・・等々、臨機応変かつ柔軟に選んでいく。
▼偶発的発見、 気づき :
ちなみに、 HCDなどでも、設計の上流工程においてユーザーの要求 を知る1手法としてエスノグラフィは用いられている。
工学系デザイナーらがエスノグラフィを行う目的は、「ユーザーの活 動を調査し、問題点や改善点を見つけたり、 製品デザインのアイデアやヒントのための 『気づき』を得ること」。
人類学的エスノグラフィと異なり、
デザイン (設計)におけるラピッドなエスノグラフィは、 綿密な事前設計、 絞り込み、 調査計画などにより、 観察と分析の効率化をはかる。
ただし、 「このレベルでも、質問紙調査やユーザビリティ実験に比べ、偶発的発見に頼る部分が大きい」(情報デザインフォーラム編 2010: 57- 69)
エスノグラフィ:
「分析の展開に応じて、 観察の観点を自ら省みたり、 変えたりす継続的な過程である」 (May 2001=2005)
企業で行われている 「エスノグラフィのエンジニアリング」(エスノグラフィの効率化)
ある程度の手続き化は必要。 しかし、
コインを入れてジュースが出てくる自動販売機のように、 どのような対象・文脈でも同じように投入しさえすれば結果が出るというような、手続き化・自動化ではない。
臨機応変かつ柔軟であること、それを実施する試行錯誤 (失敗をも含む)のプロセスこそがインサイト・気づきの獲得の要諦。
▼アンケートやインタビューじゃダメなの?
参与観察 > インタビュー
観察に重きがある
人間はもっと複雑
無意識な行動もある
そもそも、言っていること(言葉) とやっていること (行動) は乖離することが多々ある。
公的な答えが返ってきてしまう
こうなっている 「べき」 「はず」 といった理念的な回答がかえってきてしまう危険性
-当事者の「素人」 分析 (実際はそうなっているかは不明)をしてしまう危険性
当事者の勝手な解釈や説明によって生のデータが得られない。
当事者が解釈してしまったもの、生のデータでないため、 さらに解釈することはむずかしい。
当事者(消費者やユーザー)が潜在的なニーズを的確に話してくれるのなら、そんなに楽なことはない。
消費者は調査者の知りたい情報をはき出してくれる百科事典でも機械でもない (Lave 1988)。
当事者が気づいていない (あるいは、うすうす気付いていても言語化してくれない)
無意識の行動の観察--> 隠れた課題やニーズを掘り起こす。
それを新たなサービスや製品開発に活かす
▼実務の使い方
1.主に改善
様々な業務やオペレーションの改善・最適化。
とりわけ、 エスノグラフィの中心的な手法である (参与) 観察が活かされる。
必ずしも言明と一致しない人々の行動 (業務)を第三者的に観察
することによってムダや不整合を改善する方途を見出すもの。
観察(シャドーイング)
独立系コンサルタントN氏
営業や接客を観察することによって本人が気づかない改善点を指摘するというソリューションを提供している。
彼女は、営業の改善の提案にエスノグラフィを用いる。
たとえば、飛び込み営業を行う新人営業担当者に、同僚の同行者を装って張り付いて観察(シャドーイング) する。
観察によって得られた気づき、 さらには、
熟練者を含む複数の営業担当者との比較
も実施し、得られた発見事項 (ファインディングス) を営業の業務改善に役立てる、といったもの
2.なしとげたいコトを抽出
インサイト (洞察) からなしとげたい 「コト」 を抽出
調査で得られたインサイト (洞察) から --> 製品・サービス開発のための コンセプトを析出するもの
(ある発想法の本より)
自動車王ヘンリーフォードは、 起業する際に何を商売の種にしようかと考えました。
まわりに話を聞くと、誰もが 「速い馬車」 を開発すべきだと言います。
時代は19世紀末。
当時の人たちの 「足」 は、 まだ馬車が主流の時代でした。
2頭立ての馬車より速いのは、4頭立ての馬車だろう。 いや、いっそのこと、
6頭立てにすれば、もっと速くなる。
ところがフォードの考え方は違った。 当時はまだ一部の富裕層の持ち物だった自動車に注目し、自動車会社をつくった。
馬車 (対象の特定)
↓
速く移動するもの、速く移動したい (抽象化: 抽象的欲求を析出)
↓
なしとげたい 「コト」 (Jobs-To-Be-Done)
自動車 (具体化: 落とし込む)
この自動車をできるだけ安く庶民に供給しようと、大量生産に挑戦。
「台ずつ手で組み立てていた自動車を、流れ作業で生産するようにしたのは、フォード。
その結果、マニアの乗り物にすぎなかった自動車が、 大衆車「T型フォー ド」として世の中に。
2) インサイト (洞察) からコンセプトを抽出
消費者調査で得られたインサイト (洞察) から--> 製品・サービ ス開発のためのコンセプトを析出するもの
エイビス・レンタカーの例
90年代の初頭、 エイビスは調子が悪く、 ハーツ社やナショナル社などのライバルに続く第3位
ブランド・ロイヤルティも顧客満足も業界では他の2社に比べて劣っていた。
ニーズを調べるのにお客さんを呼んできてグループインタビュー。
そこでは「車はやっぱりきれいなほうがいい」 「迅速なレスポンスは大事」 などと言われる
お客さんはレンタカーについて聞かれるので、その延長でしか物を考えない
それを真に受けて全部実行したが成果は上がらず。 <-- 車をピカピカきれいに するのも、レスポンスを速くするのも飽和水準に達していた。
しかしお客さんの行動を文化人類学者を含んだチームで観察して分析
-- > すると、別の軸が浮かび上がってきた。 それは、ストレスや不安。
「旅行に伴うストレスや不安を取り除きたい」 (当事者は言葉にしない、 「なしとげたいコト」 (Jobs-To-Be-Done))
そこで、出発ゲート、フライト状況を掲示するビデオモニターを店舗に設置
パソコン・ファクスを使えるビジネスセンターも開設
こういう一連の取り組みにより、 90年代初頭は元気がなかったけれども98年には顧客満足、ブランドロイヤルティが業界第1位に
何年もかけて改善してきたサービスの迅速さや車のキレイさ等はもう飽和状態であったが 新しい取り組みが強みに。
レンタカー(車を借りる)
↓
迅速なレスポンス、車のキレイさ
(1つ1つ、つぶしていくような改善。 満足は上がるが、一定以上は上がらない。)
ではなく、 抽象度を上げて / 次元を変える。 「ゲーム」 を変える。
レンタカー(車を借りる)
↓なしとげたい 「コト」 (Jobs-To-Be-Done ) を析出
ストレスや不安を取り除きたい
(旅の途上で、 レンタカーを借りる時点ですでに疲れている。
観察によれば、レンタカーを借りて、 すぐに出発せず、カフェやコンビニで一息いれていたetc)
↓
具体化 (製品やサービスに落とし込む) (単に車を借りる場所から、別のXXサービスプロバイダへ)
別の事例: ある洗剤メーカー
一方で、一般家庭の主婦が、 外で着た衣類と家でしか着ないもの(パジャマやバスタオル) とを分け洗いしていることが家庭訪問 (エスノグラフィ調査で観察)
他方で、素手でトイレ掃除をするなど、 家の中での衛生については無頓着
→家の外=不安 / 家の内=安心
という衛生上の境界線
「家の外の衛生上の不安から家族を守りたい」 という潜在ニーズ
→予防する働き (成分)を取り入れた洗剤を開発
(“見えない脅威”への予防 衛生意識、 衣類に付いた菌の増殖とニオイの発生を防ぐ「予防発想のお洗濯」)
この事例では、洗剤や洗濯にだけ注目して改善しようと
るのと異なり、 主婦の実践の観察から衛生上のコンセプトを導出している。
外の衛生上の不安を取り除くという成し遂げたいコト (ジョブ)があり、 そのための1つとして洗濯というもの があるという視点。
(エイビスの例なら) レンタカー業務にだけに注目すること、(洗剤の例では) 洗濯にだけに注目すること
では見えてこないものが、消費者の活動の観察によって見えてきたということ
▼人類学的な視点を取り入れたデザインコンセプトワークショップ
新規サービス 「メルカード」の立ち上げを事例として-
Design Concept Workshop with Anthropological Perspective: A Case Study of The Launch of a New Service "Mercard" 松薗美帆 伊藤泰信
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssd/70/0/70_240/_article/-char/ja
★人類学者は現場でどんな作業をしているの?
▼参与観察 フィールドノーツの作成
ただ単に 「見る」 のと 「観察」 とは異なる。
フィールドノーツの記述が必須。
→観察されたものを他者と共有
そこに居合わせていない人と共有に足りるだけの密度のデータにしなければならない。
書くこと(フィールドノーツ) は、対象についての
「解釈や理解、納得といった振り返りのプロセスを可能にする」
(e.g. Belk et al 2013-2016: 115)
現場メモ⇔フィールドノーツと行き来しつつ、作成したノートと対話することで、
省察 (振り返り) が可能になる。 ただ写真を撮るのと違い、気づきを誘発
★エスノグラフィってNいくつですか?
(N=1とか2ですか?)
「観察対象の n数 (サンプル数)は充分なんですか?」
この質問じたいが、エスノグラフィを、 仮説検証のために使おうとする初歩的な“間違い”。
「Nはいくつですか」という、 よくある質問は、 検証型調査との混同を意味している。
仮説の検証であれば、ある程度のn数が必要。
しかし、インサイトの獲得や課題の発見(何が課題なのか) 仮説の生成に力を発揮するのがエスノグラフィであること。
*これを間違えている企業の方々が多すぎる。
エスノグラフィを川上 (上流)に、量的な検証調査を川下(下流)に。
定量的調査は、 検証で強みを発揮する。 組み合わせを間違えてはいけない。
リサーチを一連のプロセスとして考えれば、 定量vs定性といった不毛 な話にはならない。
参与観察を中心としたエスノグラフィ (定性的調査) によって気づきを得、仮説を立て、
→より多くの人々に質問リストを使って検証する必要が出てきた段階で、
構造化インタビューやアンケートは威力を発揮する。
■感想
後半の実務の使い方にフォーカスして聞きたかった。
前半は難しすぎた。
時間オーバーするのは勘弁してくれー
(終了したのは20:55)
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