『サピエンス全史』作者の緊急寄稿を読み解く vol.3 高校世界史、中米の記述
新型コロナウィルス流行に対して、『サピエンス全史』の作者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏が行った緊急提言を以前要約しました。詳細は以下参照。
この中の感染症の歴史の中で14世紀のペストや16世紀の天然痘についての既述がありました。
ペストについてはこちらを参照。
今回は16世紀の天然痘の流行について、高校世界史の教科書ではどのように記述しているかを説明していきたいと思います。
使用する教科書・資料集
今回使用する教科書・資料集は
帝国書院 新詳世界史B
浜島書店 アカデミア世界史 です。
アメリカの諸文明
(『アカデミア世界史』より引用)
代表的なアメリカの文明は、メキシコにあったマヤ文明。(『アカデミア世界史』より引用)
そして同じくメキシコにあったアステカ文明。(『アカデミア世界史』より引用)
(『アカデミア世界史』より引用)
そしてアンデス山脈には有名なインカ帝国が存在していました。
(『アカデミア世界史』より引用)
読みとれる内容
・アメリカ大陸には、様々な特徴をもつ豊かな文明が存在していた。
・ピラミッドを作るなど、強力な王権や高度な技術が存在していた。
スペインの侵略
ここに16世紀、スペインの侵略が始まります。
アステカ王国を滅したスペイン人のコルテス(『アカデミア世界史』より引用)
そしてインカ帝国を滅したスペイン人のピサロ。(『アカデミア世界史』より引用)
教科書には以下のように書かれています。
「○スペインによるアメリカの開発
コルテスやピサロをはじめとした, 成功を夢見たスペイン人の「征服者」は,次々と「新大陸」に渡った。彼らの征服によって,現地の文明 はおおかた破壊された。
おもにポルトガル人が進出したアジアでは, 現地内部の貿易がさかんで,大規模な貿易ネットワークが形成されていたのに対して, 主としてスペイン人が進出したアメリカには, 文明間をこえた交易ネット ワークがなく,香辛料のようにすぐに世界に通用する商品もなかった。このためスペイン人は, エンコミエンダやプランテーションで先住民を強制的に働かせ,銀山の開発や,さとうきびの栽培を始め,利益の高い商品を生産した。
先住民は, 新たに持ち込まれた病気や過酷な労働のため,人口が激滅した。ラス=カサスらの反対もあり、先住民にかわる労働力として, アフリカの黒人が奴隷として導入された。 1545年になると,今のボリビアにあたる地域でポトシ銀山が発見され,ついでメキシコでも有力な銀山が見つかった。スペインはこれ の鉱山を開発し, 1600年ごろには年間270tにも及ぶ大量の銀がヨーロッパにもち込まれた。この銀を用いてアジアとの交易が行われたので,ヨーロッパにはアジアの産物が,アジアには銀が大量にもたらされた。このため,ヨーロッパ人の生活も大きく変化した。
こうしてスペインは, ポルトガルと並ぶ世界帝国となった。」(帝国書院 『新詳世界史B』より引用)
読みとれる内容
・高度なアメリカ大陸の文明も、少数のスペイン人に滅ぼされた。
・先住民は過酷な労働や、持ち込まれた病気によって人口が激減した。
「世界に伝播した産物 〜コロンブスの交換
○アメリカ大陸原産の食物
ヨーロッパ人が大航海によって,アジアやアメリカ大陸におもむき, 各地の産物や動植物,さらには 病気までもが世界規模で広められたことを, その大きな契機となったコロンブスのアメリカ大陸到達にちなんで「コロンブスの交換」という。
(資料は『アカデミア世界史』)
コロンブス自身,2回目の航海の際に, 西インド諸島にアジア原産のさとうきびをもち込んで,植民者による栽培を試みており, その後のスペインによる砂糖生産のための植民地の出発点となった。ポ ルトガルもブラジルでさとうきび のプランテーション ョン栽培を始め,現在も主要な生産地となっている。
16世紀にスペイン人が中南米地域を征服すると,それらの地域で先住民が栽培·利用していたじゃがいも·さつまいも·とうもろこし・とうがらし・かぼちゃ・トマトなどが, ヨーロッパへもたらされ、ついで、ヨーロッパ人の交易活動とともに,すぐにアジアにも広まった。アメリカ先住民が儀式の際に使用していたたばこも, アメリカ大陸から世界各地にもたらされて、嗜好品として広まった。これらの新しい作物は, 各地の食生活を大きく変えることになった。」(『新詳世界史B』より引用)
(資料は『アカデミア世界史』)
読みとれる内容
・現在のイタリアのトマトソーススパゲティやドイツのじゃがいも料理、韓国の辛いキムチなどが生まれたのは、大航海時代以降。それまでのユーラシア大陸には存在しなかった。
・1493年にコロンブス一行がヨーロッパに持ち込んだアメリカ大陸の梅毒は、1512年には日本に到達している。病原菌の伝播は16世期でもわずか20年で地球を一周した。
世界に伝播した作物・家畜,病原菌
「ヨーロッパ人によってアメリカ大陸にもたらされたものとしては、馬、牛、 豚、羊といった家畜,綿花や胡椒、玉ねぎ、小麦といった農作物や銃のような武器ばかりではなく、 天然痘やコレラ, ペスト, 結核、マラリアといった, それまでアメリカ大陸にはなかった感染症を引き起こす病原菌も, ヨーロッパ人の活動とともに広まった。 そういった病気に免疫のないアメリカ先住民(インディオ)の多くが感染したことが, 先住民による抵抗活動を妨げ、ヨーロッパ人の征服を容易にした。し かし、短期間で先住民の人口が激減したため, 植民地での労働力を必要としたヨーロッパ人は, 先住民にかわる労働力を求め, アフリカから黒人奴隷が導入される原因ともなった。」(『新詳世界史B』より)
読みとれる内容
・アメリカ大陸には、牛や馬もおらず、車輪も「ろくろ」も「ころ」もなかった。
・ヨーロッパ人が持ち込んだ、それまでなかった天然痘やコレラ, ペスト, 結核、マラリア、などが一気に広まって人口が激減した。
ちなみにスペインの侵略によってどのくらいの人口が減ったのか?
『アカデミア世界史』にグラフが載っています。
1520年にはアステカ王国周辺に先住民が2520万人、インカ帝国周辺には887万人いた人口が、その後激減します。
100年後にはメキシコではたった4.2%。ペルーでは6.8%!
一つの理由はスペイン人による支配や虐待。しかし一番の理由は、スペイン人が持ち込んだ病原菌です。
(『アカデミア世界史』より引用)
彼らが持ち込んだ天然痘や麻疹、インフルエンザは、免疫を持たなかった先住民をほぼ全滅させます。
そこに労働力として持ち込まれたのが黒人奴隷であり、混血が進んでいきます。
読みとれる内容
・過酷な労働や虐待があったとはいえ、わずか100年で90%以上が疫病で死滅した。免疫のない病原菌は恐ろしい勢いでダメージを与える。
・このことが黒人奴隷の流入を生み、現在の人種が溶け合った中南米の状況を作り上げた。
同時代の日本は?
大航海時代のページの欄外にのる日本についての記述。
「○海外で取り引きされた日本人奴隷
朱印船貿易によって日本と東南アジア地域との人や ものの往来が活発になったころ, 日本人の奴隷も取り引きされていた。古くから,日本国内でも戦乱時の捕虜などが売買されており,その販路が海外にまで広がったのである。さらに, 16世紀半 ばにスペインが、フィリピンとメキシコを結ぶ太平洋航路を確立していたので、アメリカ大陸にまで日本人奴隷が渡っていった。
また,日本人奴隷はポルトガルの拠点であったゴアなどにも連れてゆかれ,軍役に従事させられるなどし, 一定期間を過ぎると解放され現地に残る者もいた。
ほかにも, スペイン船の水夫として働いていた日本人の中には,拿捕されてイギリス船の船員となり,1600年のウィリアム=アダムスの来日より前にイギリス にまで到達した者もいた。 豊臣秀吉は、国内の労働力不足を恐れて、日本人奴隷の取引禁止を命じ,キリスト教取り締まりの理由とした。その後,江戸幕府の「鎖国」によって, 日本人の海外渡航はなくな った。
読みとれる内容
・16世紀の日本人もアメリカやインド、ヨーロッパまで移動をしていた。
・日本人が日常的に奴隷として売買されていた。豊臣秀吉のキリスト教取締は日本人奴隷の流出により労働力が不足したことが原因。
ユヴァル氏の主張
歴史からの学び
① 国境の長期封鎖では自分を守れない
⬅︎ グローバル化以前の中世でも感染症は急速に拡大
② 必要なのは信頼できる科学的情報の共有 ➕ グローバルな団結
16世紀の時代でも、病原菌は人間の想像以上のスピードで移動しました。アメリカ大陸から日本にまで伝播した梅毒。ヨーロッパからアメリカ大陸に持ち込まれた天然痘。ユヴァル氏の主張するように、爆発的な病原菌の拡大は現在のグローバル社会特有の現象ではありません。
国際的協調や科学的情報の共有ができなった16世紀の中南米では、先住民は絶滅寸前に追いやられました。
ユヴァル氏の警告の通り、他国の流行を対岸の火事として見過ごすのではなく、世界が一致団結してこの危機に対応すべきだと共感しました。