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銀の鷹|その3・恐怖に染まった日

「ここ・・・どこ?・・・うっ!」

「姫様!」
見知らぬ部屋の中で目を開けたセクァヌは、身体を動かそうとして首から背中にかけての激痛を感じる。

「姫様、まだ動かないで下さい。傷口はまだふさがってはおりませんので。」

傷口・・・・その言葉をかみしめるように、セクァヌは崖から落ちたときのことを思い出していた。
凍り付きそうなほどの殺気そして、血まみれになって倒れたマーサ。
そして、幼いながらもその夜、館で何があったのか。見ず知らぬ顔に囲まれているということがどういうことなのか、勘のいいセクァヌには分かっていた。

「お父様・・お母様・・・・う・・ひっく・・・ひっく・・・」

「・・・姫様・・・」
そばにいた女は堪え泣きし始めたセクァヌをそっと抱きしめた。

森の中の隠れ家のようなところで、なんとか一命を取り留めたセクァヌは、最初こそ絶望に打ちのめされ、ぼんやりとただ息をしているだけの日々を送っていたが、それでも助けてくれたガシューとラシュナ夫婦の温かさに、傷の回復と共に少しずつ心を開いていった。

セクァヌには話さなかったが、彼らが人知れずそこに住んでいたのは、セクァヌの父である族長の命に従ってのことだった。予知できるといっても全てではなく、夢で見たことが時折現実化するということのみ。

そして、カイザは、セクァヌが絶壁から激流の中へ落ちる、その場面を3年ほど前に見ていた。
といってもここまでの悲劇は見なかった。

が、そこに悪い予感をも覚えたカイザは、何時どういった事が起こるかわからないが、ともかく、彼らにそこへ隠れ住むように、川の水かさが増し濁流と化した日には特に気をつけるようにと命じていた。

が、平穏に過ぎていたそんなある日、ガートランドの放った追っ手によってその隠れ家は発見された。

「きゃあああっ!」
兵士によって地面に押さえられたセクァヌの眼前で地獄の光景が始まった。

「良く見ておくんだな、姫さんよ・・・あんたをかばった連中がどうなるかをな。」
兵長と思われる男はにやりとして兵に指図する。

「姫様!」
目の前に引き出されたガシューが、頭を地面に押しつけられながら、セクァヌを心配する。

「ほらほら、よく見ておかなくっちゃな。あんたの忠実な家臣の最後なんだぜ。」
セクァヌの小さなあごをぐいと上へ向け、ガシューを見つめさせると、男は嬉しそうに笑んでから、目で配下に合図した。

-ザクッ!ピュッ!-

「ひっ!」

-ゴロ・・・-
声を出せなかった、一瞬で胴体から切り離されたガシューの首は、鮮血を飛ばしてセクァヌの目の前に転がった。

そして、次にガシューの妻サナカが引き出されてくる。

「や、やめて・・・」
次は彼女の首が切られる。恐怖に震え、セクァヌは思わず口にした。

「そういうわけにはいかないんだな、姫さんよ。」

「サナカ・・・」

「姫様・・・」
思わず目を背けるセクァヌをまたしても無理矢理サナカへと向けさせる。

「はら、忠実な家臣の最後はしっかりその目で見てやらんといかんぞ。自分たちの命はどうなってもいい、あんたの命だけは助けてくれと、必死になって命乞いした家臣だ。なんなら不思議な力とやらで助けてやってはどうだ?ん?姫さんよ?」

「いやーーーーーーーーーーー!」
叫び声にならなかった。
恐怖と絶望の中、目の前で次々と命が奪われていった。

殺される自分よりセクァヌの事を心配して亡くなっていった4人の声がセクァヌの耳から離れなかった。

「姫様!」
「姫様・・・」
「姫、どうかご無事で。」
「姫様・・お許しを。」
そして、無惨に転がった頭部と自分の頬へ飛び散った血しぶきが脳裏に鮮明に焼き付いていた。


恐怖の処刑があったその翌日。ショックで呆然としているセクァヌは、近くまで軍を進めてきていたガートランド王の前に連れ出される。

「ふん。そやつがスパルキアの姫か?まだまだ子供ではないか?」
放心状態のセクァヌを嘲笑する。

「もうよい。かねてから申し渡してあった通りに処分しろ。」
「ははっ。」

その処分とは、ガートランド本国内にあるクレパスに落とすこと。遙か下方に水脈が見えるその地の割れ目。
そこから落ちれば二度とはい上がってはこれない高さ。
そして、その急流が運ぶ先は、一筋の光もない暗闇の地底だと噂されていた。

政治犯などが落とされるそこは、まさしく自然の牢獄だった。
脱出口はどこにもない。落とされた者の生死も分からない。

あの襲撃の後、スパルキアに怒濤のごとく侵攻したガートランド軍は、次々と略奪し、そして、捕らえたスパルキアの民を奴隷として本国へ連れ帰った。

自分たちの豊かさの為に、農園でその不思議な力を使わせる為に、彼らは競って民を奪い合った。

逆境に落とされた彼らの救いは、今や族長の血をひいたセクァヌだけとなっていた。

「いつの日か姫様がこの窮状から救い出し、再び平和に過ごすことができるようになる。姫様さえ無事なら。」・・・それが彼らの願いとなっていた。

そんな彼らに対抗し、馬鹿げた夢物語はないと知らしめるため、ガートランド王は、一旦はセクァヌの殺害を決めていたが、側近の助言もあり、殺害は断念して地底へ落とすことにした。

それは、スパルキアの民の結束性を恐れてである。
セクァヌを殺せばそれで彼らの希望は完全にうち砕かれ、嫌がおうにも現状を受け入れなくてはならなくなる。

が、集団自殺でもされたら元も子もない。せっかく特殊な力を持つ民を奴隷として手に入れたのだ。
穀物の豊穣をもたらす彼らを手放したくはない。

「あばよ、姫さん。無事を祈ってるぜ。」

「きゃあああ・・・・・・・・・」

下っ端の兵士の手で家畜同様の扱いの荷馬車でガートランドへ、そして、裂け目のある丘陵まで運ばれたセクァヌは、まるで犬かネコのように裂け目の渕から落とされた。


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