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新しい出会い|国興しラブロマンス・銀の鷹その30

 「何よ、アレクなんて・・・」

その日、セクァヌはめずらしくご機嫌が斜めだった。
というのも、軍の野営地用にと土地を提供してくれたその街の商人の館でのことが原因だった。

「でれ~っとしちゃって・・・あんなのアレクじゃないわ!」

パカポコとゆっくりと愛馬イタカを駆ってセクァヌは一人夜道を進んでいた。

その商人の一人娘があまりにもアレクにべたべたしすぎだったのである。故に・・・見ていられなくなり夜道を一人野営地に向かっているところなのである。

「追いかけても来ない・・・。」

セクァヌの姿が見えなければ探すはずのアレクシードがいつまでたっても姿をみせない。
それは、そのことが当たり前のことのように思っていたセクァヌにショックと不安を与えていた。

「・・・これって・・私のわがまま・・・?」

そしてふと思い出す。
それは、セクァヌは普段からアレクシードのことが好きだと口にしている。
が反対に、アレクシードの口からその言葉は聞いたことがない。

いや、1、2度くらいはあったかもしれなかったが、考えてみればそれは、セクァヌの勢いに押されてというかその場の流れでということも考えられた。

「・・・・でも、レイガラントの都で首飾り買ってくれたし・・・・・いつも私の言うことならなんでも聞いてくれるし・・・・・いつもアレクは傍にいてくれて、心配してくれて・・・」

思い出しながら再び不意にセクァヌの脳裏を過ぎった考えがあった。

「私って・・・ひょっとしたら・・・アレクにとって手の掛かる子供でしかない?」

スパルキアの族長として小規模ながら一応軍を率いている。国は潰えたが、その復興をかけた集団の頭目・・いわゆる旗印。
それを失うことは、それまでの苦労が全て水泡に帰すことである。

「心配して当然よね・・・・私は一応・・・・」

たとえ飾りだったとしても族長なんだから、と、そこまで考えたセクァヌの瞳からぽろりと涙がこぼれる。

彼女の脳裏には、つい先ほどまでの光景が鮮明に蘇っていた。

少しはにかみながらもアレクシードにそっと寄る女らしく美しい商人の娘。絹のドレスに身を包んだ彼女の滑やかな肌と可憐さ。

それに比べ、戦士として鍛え続けているセクァヌは、筋肉質の身体に加え、無数の傷跡。

可憐さも滑やかな肌も彼女には縁遠いものである。
必要最低限以上の肌の手入れなどしている暇があれば、剣の腕を磨き、そして、スパルキアの今後を考え、軍の現状の把握とそして今後の対策を練る。

その繰り返しの中で、少女としての時間は全くと言っていいほどない。

(アレクにとって私は・・・それだけの存在なのかもしれない。)

そんな考えがセクァヌを覆い始めていた。

(もしかしたら・・私がアレクの自由を奪ってる?)

常に自分のことのようにアレクシードが彼女のことを心配してくれているのは、十分分かっている。

そして、戦闘中も側を離れず一人でも多く自分に敵を引きつけようと戦ってくれている。
それは・・・恋人としてではなく、異性としてでもなく、ただ単に族長だから?国の復興のために、奴隷となっている一族の解放のために必要不可欠な人物だから・・・?

(そうよね・・それが普通よね。・・・・大人のアレクからみれば、私なんて子供の子供で・・・恋人の対象としてなんか・・・)

「ん?」

一人しんみりとイタカを駆っていたセクァヌは、野営地の手前で数人の気配を感じて馬を止め、周囲に気を張り巡らせる。

まださほど遅い時間ではない。野営地では食事を終え、就寝までの兵士達の自由時間。

そこからなら歩いても5分ほどで野営地に着く。セクァヌはイタカから下り、トン!と軽くイタカを叩いて先に帰らせた。

「敵の気配じゃないわよね?」

その気配を辿り、セクァヌが行った先は、岩陰の一角。そこに十数人の兵士達が集っていた。

「スパルキアの兵士よね?・・・・何してるのかしら?」

「よっ!」

「え?」

不意に背後から声をかけられ、セクァヌはびくっとして振り返る。
珍しく注意散漫だったらしい。
それともその男から敵意が全く感じられなかったからなのか。

「参加は自由なんだから、そんなところに隠れてなくてもいいんだぜ。」

中肉中背のごく普通の兵士のその男は、セクァヌと同じようにフードをかぶっている。
口元だけが見え、彼が笑っているのが分かる。

「参加自由?」

「あれ?違ったのか?てっきり知ってて来たんだと思ったんだがな。」

セクァヌが知らないと判断した男は、にこやかに笑ってからなぜ彼らがここへ集っているのか説明し始めた。

「そうだな、こうして移動中陣営から少し離れた場所を選んで集まりはじめて2週間くらいになるかな?最初は、ある1人の兵士が自分の腕をあげたくて友人を誘ったのがきっかけらしい。」

「腕を?」

「そうだ。みんながみんな自分の腕に自信があるわけじゃない。
だけど、できるなら役に立ち、手柄を立てたいし、なにより死にたくはない。」

『死にたくはない』という男の言葉に、セクァヌはこくんと頷く。

「女でしかもまだ年若い姫様がああしていつも先陣切って頑張ってくださってるんだ。
そりゃ姫様を見ると天分の才という差はあると思うが、オレ達だって努力すれば腕はつくはずなんだ。だから、時間を見てお互い訓練をってことさ。」

「でも、戦闘中でない限り、訓練の時間だってあるでしょ?」

「そこが違うんだ。こうして若い兵士同士腕を鍛え合うというのと、部隊での訓練とは違うのさ。」

「やっぱり上官には気兼ねする?」

「いや、別に邪魔扱いするつもりじゃないんだが、なんというのかな・・・やっぱり気が楽だろ?」

「そ、そう・・ね。」

男はセクァヌに、集まっている兵士達のところへ行こうと指をくいくいと動かして、促す。

「で、それに加えていつの間にかフードをかぶってる事が条件になったというか・・・鍛錬といってもどうしても勝敗がつく。で、のちに気まずい思いをしてもどうもってことで、そうなったらしい。な、これなら分からないだろ?」

「そ、そうね。」

自分のフードをつんつんと突いてにやっとした男に、セクァヌも口元を笑みでほころばせながら答える。

「姫さんの真似か?って言った奴もいるけどな。」

どきっ!思わずセクァヌの心臓が踊った。

「まー、そんなんで気楽にやってるんだ。最近では下っ端の兵卒だけでなく、もう少し上の兵士も参加してるらしい。」

「上の兵士も?」

「ああ、上といっても、腕も上だとは限らないからな。顔がばれないんだ。ちょうどいいだろ?」

「そうね。」

「それに、あんたみたいな女性兵士もちらほら参加してる。」

「そ、そう。・・でも・・・」

「でも・・なんだ?」

いいかけて口ごもったセクァヌを男は立ち止まって見つめる。

「腕を鍛える為はいいけど、同じ様な腕では・・・・」

「はははっ!ドングリの背比べってことか?」

「・・・ご、ごめんなさい・・・悪口言うつもりは・・・」

「いいさ。それも事実さ。だから、オレが来た。」

「あなた・・がって?」

「ああ、内緒だがな、少し腕の立つ参加者がいてくれるといいと頼まれてな。」

あはははは、と男は頭に手を当て照れ笑いする。が、その態度には自信があるようにみえる。

「まー、少なくとも、兵士になりたてのひよっこよりは多少それなりに腕があると思うんだが?」

顔はみえないが、爽やかさのあるその態度と話の内容に興味をもち、セクァヌはいつの間にか沈んでいたことを忘れていた。

全員かぶりものをしてるなら気兼ねすることもないし、ばれることもない。
「内緒って、私には話していいの?」

「ははは。いいじゃないか、あそこで会ったのも何かの縁だ?」

「縁?」

「なんとなくだが、不必要な事は話さないタイプだろ?約束は意地でも守るんじゃないか?」

「わ、分かるの?」

会ったばかりなのに分かるのか?とセクァヌは男を無意識に見上げていた。
「だから、なんとなくって言っただろ?」

「やー、そこのお二人さんははじめて同士?」

「ああ、そうだ。よろしくな。」

「なんだ、ひょっとして?」

背が低いことと、背格好と歩き方からセクァヌが女兵士だと即断した、その男はにやっとして小指をたてる。

「あ・・い、いや・・・残念ながらたまたまそこで会っただけさ。」

「ほ~・・・」

「出会いはきっかけだからな、大切にしないとな。」

にこっと笑った男に、セクァヌは思わず赤くなっていた。

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