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漆黒の世界で|国興しラブロマンス・銀の鷹その5
気が遠くなるような暗闇での生活。
1日がいつ始まり、いつ終わるのかもわからない。
壁につけた印である程度季節や月日はわかっても、実際には感じることができない。
その暗闇の中でセクァヌは1つ、2つと歳をとっていった。
これがいったいどのくらい続くのか、このまま死ぬまで続くのだろうか?と、その印を見るだけで絶望的になりながら、それでも耐えていた。
そんな生活の中で、老医師シュフェストは求めつづけた光を見ずに息を引き取る。
久しぶりに見つめた死だった。
が、それまでと異なり、脱出こそはできなかったが、シュフェストの死顔は安らかだった。
セクァヌの手を握り、希望を持ち生き続けるんだよ、とやさしく言った言葉が最後だった。
-シュッ・・タン!-
「今日はこのくらいかしら?」
セクァヌはその日何匹目かのトカゲを小袋に入れながら呟く。
暗闇の生活がセクァヌの感を通常では考えられないほど鋭いものにしていた。
まったく見えなくとも気配で的確に位置を見極め間髪入れず攻撃する。貴重な蛋白源である食料の捕獲はほとんどセクァヌが確保しているといってもよかった。
老医師から様々な知識を、大臣夫妻からは知識とそれ以外に剣とダガーを教えてもらい、加えて狭い洞窟内で敏速に行き来する獲物を追っているうちに、セクァヌ自身の俊敏性も高まる。
一瞬の気配の読み取りと瞬間の移動を伴う攻撃。
生まれつきの能力もあったかもしれないが、それらは彼女を信じられないほど常人のものとはかけ離れた高い能力を持つ少女へと育てていった。
一体いつまでこれが続くのか、考えまいとしてもつい考えてしまう。
そんなことに思いを馳せていたある日、セクァヌは背後にそれまで感じたことのなかった気配を感じ、振り向きざま身構える。
「誰?」
距離は結構あったが、大きな気配、確実に人間のものだった。
また誰かが落とされた?と思いつつ、セクァヌはじっとその暗闇を見つめる。
「その声は少女・・か?・・まさかセクァヌ姫?」
低く響く男の声にセクァヌはびくっとする。
気配もだが、その声は確かに大臣のものではない。
-ガラガラガラ・・・バッシャーーン!-
緊張して短剣を構えていたセクァヌの耳に、その男が足元を踏み誤ったのか地下水まで滑り落ちた音が聞こえた。
その辺りはあまり深くないはずだ、と思いながら水音がしたところへ近づく。
「大丈夫?」
ずぶぬれになったその男から敵意や悪い気配は感じられない。
セクァヌは手を差し出しながら言葉をかける。
-ガシッ!-
男の大きな手がセクァヌの手を握り、彼女は思わずびくっとする。
「あ、悪い・・驚かすつもりじゃなかったんだが・・・」
敏感に感じ取った男は、慌ててセクァヌの手を離す。
「あ、いえ、別に。」
今一度差し出した手を、こんどはそっと握ると男は岸へとあがる。
「少しは目が慣れたんだが・・こう暗いとな・・。はっはっはっ。」
男は大らかに笑うと、すぐ目の前のセクァヌを見つめる。
「まさかご無事だとは・・いや、そうだと思ったからこそ来たのだが・・。」
すっとその前に跪くと恭しく頭を垂れ言葉を続けた。
「私の名はアレクシード。姫と同じスパルキア人です。」
「え?」
男はまだ何も言っていないセクァヌを早くもそうだと断定していた。
「助けに参りました。私と共にここを脱出致しましょう!」
「あ・・あの・・・・」
「さー、姫。」
その『姫』という言葉に、セクァヌの全身は硬直した。
記憶の底に埋もれていた血の光景が再び蘇っていた。
「姫?」
「ィヤ・・いや~~~・・・・」
-タタタッ!-
全身を恐怖と寒気が走り、セクァヌは思わずその場から逃げ出す。
「・・・っと・・・どうしたんだ?」
あっという間の出来事。
一瞬にして闇に姿を消した少女に、一人残された男はその予想外の反応に呆然として立ち尽くす。